第六十七話 星宮家に到着

 車で三十分ほどだろうか。ようやく星宮家に到着した。

 前に、郊外に家があるとひめが言っていたが、その通り住宅地からは少し外れた場所である。閑散としていて、付近にはコンビニもない。ただ、その分……使える土地が広い、というメリットがあるようだ。


 夕日もすっかり沈みかけていて、空を見上げると月が見えた。今日は三日月である。夜空を見て感慨にふけるタイプではないけれど、今は見慣れたものを見たかったのだ。


 でもダメだ。

 視線を上にあげても、その建物は消えない。視界の隅になおも映り込むほどの大きさを感じて、やっぱり落ち着かない。


「す、すごい家だね……!」


 なんとか絞り出した感想がそれだった。

 車から降りて、視界いっぱいに広がった豪邸に面食らった。洋館……に分類されるのかな? お城とまではいわないが、それに近い雰囲気を感じる。


 空色の三角屋根、真っ白な外壁、そして首を横に振ってようやく視界に収まる広さと、上を見上げてもなお視界の残る三階建ての西洋建築……一体どんな仕事をしたら、こんな家に住める生活ができるのだろうか。


 敷地も広い。どれくらい広いかと言うと、俺たちを車から降ろした後、芽衣さんが車を駐車してくると言って数分程経っているのに、まだ戻ってきていないくらいである。駐車場まで結構距離があるらしい。


 その間、玄関の近くで星宮家を眺めて圧倒されていた。

 ごくごく一般的な家に暮らす俺には、想像もつかない豪邸だった。


「すごい家ですよね。わたしも初めて見た時は驚きました」


 すぐ隣にはひめがいた。星宮邸を見上げて呆然とする俺を見上げている。

 俺のリアクションが興味深いのだろうか。ジッと見つめられていた。


「初めて見た時って……ひめ、ずっとこの家に暮らしてたわけじゃないの?」


「はい。六歳までは海外で生活していました。日本にも年に数回は来ていたのですが、この家で生活したことはなかったので」


「二年前に完成したんだよ~。ママが『張り切っちゃった♪』って言ってたなぁ」


 張り切っただけでこの規模の家ができるなんて……やっぱりすごいなぁ。

 たびたび思わされる。星宮姉妹は、俺とはまったく住む世界が違っていることを。


 本来であれば、俺のような凡夫が関わることのないタイプの人種なのだ。

 そう感じた時、ほんの少しだけ寂しさを覚えてしまう。


 ただ、そのたびにあの子は近くにいてくれた。


「……えへへ。陽平くんがお家に来てくれました」


 愛らしい声が、心の隙間に入り込んでくる。

 豪勢な家から視線を下ろして、ひめの方に視線を移す。彼女は相変わらず俺を見ていて、嬉しそうに笑っていた。


「いつか、お家に招きたいと思っていたので……良かったです」


 ひめはいつだって、すぐ隣にいてくれる。

 ……いや、隣と言うか、もはやくっついている。俺の気を引きたいのか指をぐいぐいと引っ張っていたので、軽く握り返してあげると、ひめはより一層ほっぺたを緩めた。


「陽平くんの手は大きいです」


「ひめが小さいんだよ」


「はい。小さいので……だから、握られるとドキドキしちゃいますね」


 大小があって当然だ、と。

 それぞれに魅力があるのだ、と


 ……いや、まぁそれは俺の考えすぎだろう。たぶんひめは、俺が豪邸を前にして寂寥感を覚えていたことなんて気付いていない。身分の差を感じて勝手に落ち込みかけていた俺を慰める、なんて意図はひめにないことは分かる。


 この子は純粋だ。

 だからこそ、打算や裏のない感情を向けてくれる。それが俺にとっては、すごく心地良い。


(違う世界の人間でも……ひめにとっては、関係ないか)


 この好意を疑えるわけがない。

 ひめの純粋でまっすぐすぎる愛情に、寂しさなんてすぐに吹き飛んだ。


 落ち込む意味なんてない。せっかく、こんなに素敵な場所に案内されたのである。

 むしろ、楽しませてもらわないともったいないだろう。


 ひめのおかげで、今ならポジティブにそう思えた――。



//あとがき//

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