第六十六話 星宮家に連行中
車に乗れと言うことは、即ち家まで送ってくれるということだろう。
その道中、車の中で芽衣さんに「よくもうちのかわいいお嬢様をたぶらかしたわね」と説教されるのだろうな……なんて、覚悟を決めていたのだが。
「ご両親に連絡しておきなさい。心配するだろうから」
「え? 俺の家、ここから近いのでたぶんすぐ到着すると思いますけど」
「……あら、勘違いさせてるかしら。今から星宮家に向かうから、あなたの家に到着することはないわよ」
なんと。まさかの連行だった。
「…………!?」
助手席から、思わず運転席の芽衣さんを見てポカンとしてしまう。当たり前だが、運転中の彼女はこちらを見向きもしない。前方に集中している。
見た目は子供だけど、ハンドルの操作は手慣れていて相変わらず脳が混乱しそうだ。座席がやや低く見えるのだが、もしかして特注でサイズを調整しているのだろうか――と、逃避しかけている思考をグッと現実に引き寄せる。
「言ってなかったわね」
「びっくりしてます」
「嫌なら家に向かうけど?」
と、言われてもなぁ。
芽衣さんのことは少し怖いけど、星宮家に行くことに関して嫌という感情はない。
なぜなら、あの子が喜んでいるから。
「え、陽平くん……来てくれるのですか?」
「そうみたいだね~。うふふ、ひめちゃんったらめちゃくちゃ嬉しそうな顔してる~」
「だ、だって……えへへ」
ああ、ダメだ。
バックミラーに見えるひめがほっぺたをふにゃふにゃにしている。そんなゆるゆるで愛らしい笑顔を見て、断ることができる人間がいるわけない。
「い、いえ。お邪魔させていただきます」
芽衣さんにそう伝えたら、彼女はこくんと頷いた。
「いらっしゃい。夕食も食べていくといいわ。あなたの分も用意してあるから」
「……いただきます」
芽衣さんの中では、俺を招くことが決定事項だったのかもしれない。
用意周到に準備されていた。そこまでして俺に会いたかった……と表現するのはちょっと違うか。俺に何か言いたいことがあるからこそ、こうやって入念に準備をしていたのだろう。
説教は、星宮家で行われるのかもしれない。
気持ちだけでもしっかり身構えておいて、とりあえずまずは母親に夕食が要らないことと、帰りが遅くなるという連絡を入れておく。
返事はすぐに返ってきた。
『じゃあ今日は陽平のごはんを作らなくていいのね。久しぶりにお父さんとデートしてくるわ』
……思春期の息子に両親のイチャイチャを見せないでほしい。
「どうしたの? ご両親が何か言ってるのかしら」
スマホを見て顔をしかめた俺を察知したのか、芽衣さんが気遣うように声をかけてきた。俺の事はあまり好きじゃなさそうなのに、こうやって心配してくれるあたりが大人だなぁと思う。見た目は子供なのに。
「いえ、その……言いにくいことなのですが」
「……やっぱりいきなりすぎだったかしら。いいのよ、こちらに気を遣わずに帰宅しても」
「あ、違います。悪い意味ではなくて」
伝えるのは、恥ずかしいの。
でもこれは言った方がいいなと判断して、仕方なく白状することにした。そうしないと、芽衣さんに余計な気遣いをさせそうだったのである。
「俺がいないことをいいことに、今日の夜はデートしてくるそうです」
「……素敵じゃない。仲がいいわね」
「息子としては複雑ですが」
「そうね。複雑ね……ふふっ」
と、言って芽衣さんは小さく笑った。
……え、笑った!?
俺の事、苦手だとばかり思っていたけれど。
こちらが思っているほど、嫌われているわけではないのだろうか。
うーん、よく分からなくなってきた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます