第六十五話 ひめをたぶらかしたせいだ!
……少し、人が集まりかけているような。
メイド服を着た子供(しかもかわいい)がいるせいか、少し離れた場所に生徒がとどまっているのが見えた。
部活帰りの時間帯と重なっていせるせいかもしれない。空はすっかり茜色に染まっている。時刻はもう夕方をすぎていた。
「やっぱり目立つのは嫌いだわ。乗って」
人が集まっている原因の芽衣さんは、目立つことを好ましく思っていないようだ。いや、無表情なので本当に嫌がっているのかは確信が持てないけど。
とりあえず、芽衣さんが車の後部座席を開けてひめと聖さんを招いている。二人のために率先して扉を開けて姿を見て、さすがメイドさんだと感じた。
「また明日~」
そんな二人に手を振って別れを告げる。
次に芽衣さんに会釈して、そのまま帰宅しようと足を踏み出した――のだが。
「あなたも乗りなさい」
その言葉と同時、腹部が圧迫されて息が詰まった。
「ぐぇっ」
不意を突かれて変な声が出た。
痛くはないのだが……いきなりベルトの後ろ側を掴まれてびっくりした。
「あははっ。よーへー、カエルみたいな声出てる~」
「……カエルさんでしたね」
その様子を、星宮姉妹も車の中からバッチリ見ていた。聖さんは容赦なく笑っていて、ひめも少しだけ笑っている……ひめの笑顔は相変わらず可愛い、なんていう現実逃避をしている場合じゃない。
「早く乗りなさい。目立ってるじゃない」
「お、俺もですか?」
「ええ。あなたもよ」
「いいんですか?」
「いいに決まってるじゃない。というか、あなたが来ないと私がここに来た意味がないわよ」
それって要するに、俺が目的で早めに迎えに来たということなのだろうか。
目立つのが嫌いなのに、わざわざ車から降りて姿をさらしてまで俺に会いに来てくれた……?
(こ、怖い)
思い当たる理由なんて一つしかない。
――ひめをたぶらかしたせいだ!
いや、もちろん俺はそのつもりがない。
しかし、お菓子でひめを懐かせた上に、姉の聖さんと結婚しろとあの子に言わせてしまっている。関係者の立場からすると、悪い男に騙されたと思っていてもおかしくない。
実際、聖さんは俺のことを知るまで警戒していた。親交を深めて俺に悪意がないことはたぶん伝わって、今は良好な関係を築いているけれど……芽衣さんは俺のことを危険視しているように感じる。
だから態度が冷たいと感じたんだ。
芽衣さんは、俺を叱るためにここに来たのだろう。
「……ごめんなさい」
「なぜ謝るの? そんなの不要よ。さっさと乗って」
ダメだ。謝罪の言葉を受け取ってすらくれない。
俺のことを許さないし、これから許すつもりもない、という意思表示なのだろう。
(これも、俺の取るべき責任、か)
悪意はもちろん、他意はなかった。
しかし、素直な子供をお菓子という餌で釣ったこの責任は、ちゃんと取らなければならない。
償おう。芽衣さんが怒っていると言うのなら、甘んじてその怒りを受け止めよう。
その上で、どうにかひめとの交流を許してもらえるように努力しよう。
「分かりました。覚悟は、できました」
意を決して、車の方に歩み寄る。
「別に覚悟なんて決めなくていいわ。何をそんなに意気込んでいるのか分からないけど、早くして」
そんな俺に対しても、やっぱり芽衣さんは無表情だった――。
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