第六十話 大きいのも小さいのも好き

 ……明らかに、ひめのぎこちなさが薄れた。

 校長室に来る前と後では、彼女の様子がまったく違うように思う。


 ほっぺたは相変わらずちょっと赤い。しかし避けられている感じが今はない。


「陽平くん、もっと食べますか?」


 三きれ目のトンカツを食べ終えてもなお、ひめはまだ俺に食べさせようとしている。

 しかしながら、先ほど彼女はお腹を鳴らしていたわけで……あの音を聞いてしまっては、やっぱり遠慮なく食べることはできなかった。


「俺も自分の分があるし、ひめも食べたら?」


「……そうです、ね」


 小さく頷いてから、ひめはトンカツを差し出さずに自分の口元に近づけた。

 先ほどまでは少し強引なくらいに食べさせようとしていたのに、今はなんだか聞き分けがいい気がする。


「これ以上、陽平くんにおなかの音を聞かせるわけにはいきませんから」


 なるほど。そういうわけか。

 なんだかんだ、ひめは恥ずかしかったみたいだ。


 もちろん俺としては、自分で食べてもらった方が嬉しい。ひめはまだ八歳で成長盛り。たくさん食べて元気に健やかに育ってほしいというのが本音だった。


「あむ」


 ひめがぱくりとトンカツを食べている。

 ……そういえば、間接キスになっているけど大丈夫なのかなぁ。


 聖さんの時は最大限に気を遣って口をつけないようにした。ひめに食べさせてもらうときも多少は気にしたものの、それにも限度があるわけで……って、そういうことを意識しすぎなのも、なんだか変に思えてきた。


 別にこれくらい大丈夫だ。それに相手は八歳の少女なのである。

 同世代ならまだしも、幼い子供相手なら緊張もあまりせずにすんでいる。この子に対してはあまり意識はせず、自然体で振舞うことを心がけた方がいいだろう。


 そういうわけなので、何も言わずに俺も自分の弁当を食べることにした。

 コンビニで購入したハンバーグ弁当。食べ慣れた味はちょっとだけ安心した。


「ひめちゃん、いっぱい食べないと私みたいに大きくならないよ~?」


 妹の様子が落ち着いたのも、聖さんも感じ取っているのかもしれない。

 先ほどまでは静観していたが、今はいつも通りの態度で話しかけてくれた。俺との会話が途切れたタイミングだったのでありがたい。おかげで場の空気もよどみがなかった。


 聖さんって何も考えていないように見えるけど、意外と空気が読める人なんだよなぁ。

 今回も、ひめとの関係を取り持ってくれたし、本当にありがたかった。


「大きく、ですか?」


「お、大きく、だよ!」


「大きくなれるでしょうか」


「うん。油断するとすっごく大きくなっちゃうよ……脂肪ってどうしてすぐにつくんだろうね」


 いや、大きくの対象が異なっているような。

 ひめは聖さんの胴体部分を凝視している。だからなのか、聖さんは大きくなるのがお腹だと勘違いしておへそあたりを手で隠しているが……そのせいで更に大きな部分が強調されていた。


 それを見て、ひめはなぜかこっちを見た。


「陽平くんは、大きい方が好きですか?」


 まずい。俺を巻き込んできた。

 触れにくい話題なので素知らぬふりをしていたけど、それは許されなかったらしい。


 まぁ、嫌いではない。

 ただ、特段好きというわけでもないというか……いや、好きと言えば好きなんだけど――って、こんなこと八歳の子供に説明できるわけがない。


「サイズはそんなに、気にしない……かなぁ」


 なので、曖昧に答えておいた。

 俺としてはベストな回答な気がする。ひめも、なるほどと頷いている。ただ、一人だけ少し不満そうにしていた。


「嘘つき! よーへーだって痩せてる方が好きなんでしょっ? 気を遣わなくていいもんっ。自分の体形については分かってるんだからね!」


 ……いや、体重の話はしてないんです。

 聖さんは勘違いして拗ねていた。うーん、難しい。


 別に太ってるとは思ってないよ。

 ただ、あなたは大きいだけなんです。具体的に言うと……胸とかふとももとかが。


 だから、気にしなくていいと思うんだけどなぁ――。

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