第五十八話 泥船かと思ったらちゃんとした助け舟だった
「…………」
ひめの様子が少し変わった。
先程まではぎこちないというか、ずっと顔を赤くしてぼーっとしていたのに……今は無表情である。
何かを考えているようで、ずっと黙り込んで俺を見ていた。
彼女が何を考えているのか気になる。とはいえ、まだ結論が出ていないようにも見えるので、今は邪魔せずにそっとしておこう。
そう思って、俺からは話しかけなかった。今はまだ話しかけるタイミングでもないような気がしたのだ。
まぁ、まだトンカツを飲み込めていないというのも理由ではある。一切れが思ったよりも大きかった。
重箱に並んだトンカツは見た目以上に肉がギッシリ詰まっていて食べ応えがある。
聖さん、お昼からこの量って大丈夫なのかな? やっぱり食べる人だなぁ。
「よーへー、もっと食べたい? 全然足りないよね?」
いや。そんなことはないような。
美味しかったけど、一切れでも十分堪能した――という回答はたぶん求められていない気がする。
「足りないか~。男の子だもんね、食べ盛りだよね~」
俺が何も言わずとも、聖さんがそういうことにしようとしていたのだ。おかげで、食べ足りないという流れにしようとしていることに気付いた。
「う、うん。もっと食べたいかも」
急いで口の中に残っているトンカツを飲み込んで、聖さんの言葉に乗っかった。
「だよね! でも、ごめんね~。私はまだおなかペコペコだから、これ以上はあげたくないの。どうしようかなぁ~……そうだ!」
すると彼女はここぞと言わんばかりにひめの方を見てから、彼女にこんな言葉をかけた。
「ひめちゃん、食欲ないならよーへーに食べさせてあげたら?」
――そういうことか。
やけに白々しいなと思っていたのだが、どうやらこれが目的だったらしい。
俺とひめがぎこちなくなってうまくコミュニケーションが取れなくなっている。それなら、強引にコミュニケーションをとる機会を作ればいい、という狙いなのだと察した。
パワープレイだなぁ。半ば力頼りの口実に見えなくもないが、実際のところその方便はかなりありがたく感じた。
おかげで、ひめに話しかけるとっかかりができた。
「たしかに美味しかったけど、ひめが食べるなら気を遣わなくても大丈夫だよ」
もちろん無理に奪おうとは思っていない。
あと、一切れで結構満足もしている。食べ足りないという感覚はないが、こうして自然な流れで会話できることが嬉しかった。
「……まだ、食欲はなくて」
聖さんの気遣いのおかげだろうか。
ひめの方も、ぎこちなさがかなり緩和しているように感じた。未だに無表情なので感情の機微は読み取れないものの、さっきよりはマシに感じる。
「食事を残すと、作ってくれているお手伝いさんが悲しい顔をしちゃいますので……陽平くん、食べるのを手伝ってくれますか?」
「いいの? じゃあ、もらおうかな」
「はい。どうぞ」
そう言って、ひめもまた聖さんと同じようにトンカツを一切れ差し出してくる。
やっぱりあーんと食べさせてくれるみたいだ。
……気恥ずかしさがないと言えばウソになる。
でも、聖さんよりはひめの方がずっと気楽と言うか、緊張もしない。
なので、食べさせてもらうのもそこまで抵抗はなかった。
「いただきます」
ぱくりと、一口食べてみる。
聖さんのトンカツよりはサイズ感が小さくて、俺にとってはこっちの方がすごく食べやすい。
「……えへ」
そして、ひめにも変化があった。
俺が食べたことをきっかけに、小さく笑ったのだ。
何を感じて笑ったのかは分からない。もしかしたら俺の食べ方が変だったのかもしれない。
でも、とりあえずひめが笑ってくれたのだ。
それがすごく嬉しくて、理由なんてどうでも良かった――。
//あとがき//
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