第五十七話 無自覚な美少女
「ほら、よーへー? これ美味しいよ~?」
聖さんがトンカツを食べさせようとしている。
おはしでひときれつまんで、俺の口元に差し出している。
(どういう意図だ……?)
彼女の思惑が分からない。
ひめとの関係がぎこちなくなっているので、改善のために聖さんに協力を依頼した。
たぶんこの行為も、聖さんなりの考えがあってのことだとは思う。しかしそれにしても、何をしようとしているのか見えなくて、少し迷った。
そのまま食べるべきなのだろうか。
しかし、うーん……感情的な話をすると、恥ずかしいので遠慮したい。
(聖さん、自分が美少女だって自覚ないのかな)
言動がちょっとふわふわしているだけで、見た目だけで言うと学園で一番と名高い人である。
そのくせ誰に対しても優しい上に、ひめのお世話をかかさない面倒見の良さも知られているみたいで、まるで聖母みたいだという声も一部から上がっているらしい。
そんな人にあーんされて、動揺しないわけなかった。
これを見てひめはどう思うのか――って、そうだ。ひめだ。
彼女の反応が気になったので、様子を見てみる。
「…………」
ひめは無言で、無表情だ。
しかしその深紅の瞳はこちらを凝視している。感情こそ読み取れないものの、無関心というわけでもなさそうだ。
でも、やっぱり分からない。
聖さんの意図も、ひめの感情も、読めない。
星宮姉妹が何を考えているのかまったく分からなかった。
「よーへー? どーしたの?」
聖さんはなおも待っている。
箸先がぷるぷると震えだしていた。言葉もちょっと圧があるというか、「早く食べてよ」と視線で強く訴えているように感じる。
やっぱり、何かしらの意図があるのだろう。
……聖さんは、俺とひめの関係を改善するために動いてくれているのだ。
ここは彼女を、信じよう。
「じゃ、じゃあ――いただきます」
ためらいはあるものの、意を決して差し出されたトンカツに口をつけた。
当然ながら、このお箸は聖さんが使用していたものである。極力触れないように気を付けてトンカツを口に入れて、間接キスは意識しないように心がけた。
たぶん大丈夫。うん、ちょっと触れた気がしないでもないけど、それを意識すると今度は聖さんとの接し方もぎこちなくなりそうなので、あえて何も考えないよう一心不乱に咀嚼した。
「どう? よーへー、美味しいでしょ?」
味なんて分かるメンタルじゃない。
たぶん美味しい気はする。ただ、聖さんに食べさせてもらったせいでやっぱり緊張していたらしく、感覚がいつもより鈍くて味が分からなかった。
とはいえ、そんなこと言えるわけないので。
「うん、美味しかった。ありがとう」
とりあえず無難にお礼の言葉を伝えておく。
変な緊張感はあったが、たぶん聖さんが求めている行動はできた気がする。
これからどうなるかは彼女次第だ。
「…………」
そしてひめはずっと無言だ。
相変わらずの無表情である。俺が見ていることにも気づいたのか、目が合ったのだが……それでも不思議そうにきょとんとしていたので、やっぱり彼女の感情は分からない。
でも、少し……先ほどまでとは違う気がしないでもない。
ひめがお手洗いに行く前は、目が合うと顔を真っ赤にしていたのである。それと比較すると、無表情のままというのは大きな変化のようにも感じた。
それが良い変化であればいいんだけど――
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