第五十六話 雲行きは怪しい
ひめとの気まずい関係を、聖さんがなんとかしてくれるらしい。
少し抜けているところのある彼女に託すのは少し不安もあるけど、俺には手の打ちようがないのも事実。ここは聖さんを信じよう。
「戻りました、席を外してすみません」
聖さんとの話し合いが終わってすぐにひめは帰ってきた。
お手洗いに行って間が空いたおかげか、先ほどよりは顔の赤みも引いているように見える。様子も落ち着いて見えるものの、やっぱり俺と目が合うことはないので、寂しさはある。
さけられているように感じてしまうのは、ここのところずっと仲が良かったせいだろう。
それでも、ソファですぐ隣に座ってくれるので、嫌われてはないことは分かるのだが……話しかけるとまた動揺させてしまいそうで、やはり動きようがなかった。
(――私に任せて!)
ふと顔を上げると、聖さんが俺にウィンクをしていた。
声は出てないが、たぶん任せてと言っている気がする。もちろんと頷いたら、彼女は力強く頷いてから口を開いた。
「ひめちゃん、お昼ごはんは食べないの~?」
まずは軽い挨拶。様子を窺うように最初はとりとめのない話題から入る聖さん。
「……食欲がなくて。お姉ちゃん、食べますか?」
「いいの!? もちろん食べ――るのは後でいいからっ」
一瞬、食欲に支配されかけた部分には目をつぶろう。
むしろ、美味しそうなトンカツの誘惑に負けなかった聖さんを見直した。
おっとりしているのに意外と食い意地が張っている聖さんが、食欲を我慢したのだ。
これは期待できるかもしれない。
「てか、私も別におなかすいてないもーん」
「……そういえば、珍しくお姉ちゃんがまだ食べ終えていませんね」
あれ?
言われて俺も気付いた。たしかに聖さん、今日は弁当を食べるペースが遅い。トンカツがまだ半分も残っている。
いつもなら10分もあれば食べ終えるので、今日は遅いと言っていいだろう。それでも俺はまだ三分の一くらいしか食べていないので、十分にペースは早いのだが。
「噛まずに飲み込む悪いクセが治ったのですか?」
「そんなクセないもんっ」
「ありますよ? 夜ご飯なんて掃除機みたいに吸い込んで、お手伝いさんに『100回噛みなさい』って怒られてるじゃないですか」
「ちょっ、よーへーの前で言わないで! 私が子供みたいに見えちゃうっ」
いや、大丈夫だよ。
大人びて見えているだけで、中身は子供だなぁとすでに思っているから。
……と、いうのはさておき。
「食欲がないお姉ちゃんなんて珍しいです。体調不良ですか?」
ひめは心配そうにしていた。
自分も不調なのに、姉の心配をしているあたりすごくいい子なのだなぁと感じてほっこりする。
ただ、聖さんは体調不良ではなく、何やら考えたうえで弁当を食べていなかったようで。
「ううん、私は元気だよ。ただ、よーへーにも食べさせてあげようと思ってて」
「……俺に?」
ここで俺も巻き込まれた。
ひめとの関係を改善するために、聖さんがいよいよ手を打ってくる。
いったい何をするのか。
固唾をのんで見守っていたら、
「はい。よーへー、あーん?」
彼女はトンカツを一切れ、俺に向かって差し出してきた。
……えっと。な、なんで?
ひめとの気まずさを改善するために、これは必要なことなのだろうか。
聖さんの考えは、やっぱり俺にはよく分からなかった――。
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