第五十四話 少し不憫なお姉ちゃん

 もう恒例となった、校長室でのお昼休み。

 もともとは校長がひめに忖度して利用を許可してくれたこの部屋に、最初の方は緊張したが……今はもう慣れて、むしろ落ち着くようになっていた。


 学校というどこもかしこも人がいる雑多な場所において、この区切られた空間はとても居心地が良い。校長先生と鉢合わせにならなければ、の話だけど。


「このうな重美味しいね~」


 人間は適応する生物だと聞いたことがある。

 そのおかげで校長室にも慣れた上に――星宮姉妹と食事をすることにも、あまり緊張することはなくなっていた。


 なので、目の前でガツガツとウナギを頬張っている美少女、聖さんを見てもちゃんとこのことを指摘できたのだと思う。


「ほっぺたについてるよ」


 食べ方の勢いがすごかったのだろう。ご飯粒がほっぺたに付着していた……しかも二つ。右と左にそれぞれ一つずつ。真ん中の見えやすい位置についていて、ここまでくると自分でつけたのではないかと疑いたくなるほど綺麗に付着していた。


「え、うそっ? ひめちゃん、ほんとに? よーへーが嘘ついてないか確認して?」


「嘘つく理由がないんだけどなぁ」


 どうして疑われているんだろう。

 あまり信頼されてないなぁと思いかけたものの、すぐに聖さんの意図を察した。


(あ、違うな……ひめにあえて話しかけているのか)


 ゆるい雰囲気をまとう聖さんは、どこか抜けているように見えるのだが……ひめのことを誰よりも大切に思って、立派なお姉ちゃんであろうとがんばっている。


 たぶん今も、俺を信頼していないわけじゃなくて、妹に話しかける口実になると判断しただけのように思えた。


 ご飯粒がほっぺたについていたのは、わざと……じゃない気もするけど、意図的な行為だということにしておこうかな。


 ひめの様子がおかしいのは俺も気になっているので、聖さんがうまく対応できるなら何よりだし。


「…………」


「えっと……ひめちゃん? おーい?」


 ただ、案の定というか……ひめの反応が芳しくない。

 やっぱり心ここにあらずというか、ぼーっとしていた。美味しそうな昼食のうな重を眺めたまま食べようとすらしていない。


 聖さんに話しかけられても、それは変わらなかった。


「ひめちゃん? ごはんつぶが……ねぇ、聞いてよ~」


 それでも聖さんは何度も話しかける。

 決して無視されているわけじゃないと分かってはいるんだろうけど、なんだか寂しそうだ。構ってほしそうにひめの肩を揺すっている。それでもあの子はぼーっとしたままだ。


 ……だ、大丈夫かな。

 あまりにもひめの反応がないので、心配になって俺からも声をかけてみることに。


「ひめ?」


「――はい!」


 即答だった。

 呼びかけた瞬間と言ってもいいだろう。半ばかぶせ気味に返事をしたひめ。


 聖さんには無反応だったのに、俺には過敏なまでに反応してくれていた。


「いや……えっと、聖さんが呼んでたから」


「そうなのですか……お姉ちゃん、どうかしましたか?」


「……ご、ごはんつぶがね?」


「あ、ほっぺたについてますよ……すみません、お手洗いに行ってきます」


 対応もあっさりしているというか、素っ気ないというか。

 お姉ちゃんは報われないなぁ。聖さんをあしらった後、ひめはそそくさと校長室を出て行った。


 後には、呆然とした聖さんと、苦笑している俺だけが取り残される。


「「…………」」


 き、気まずい。

 ひめの反応が俺と聖さんでまるで反応が違う。ちょっと可哀想だと思っちゃうほどに。


「……泣いていい?」


 そういう聖さんは、すでに涙ぐんでいた。

 まぁ、この人が俺の本音をひめに伝えたせいでこうなっているわけだから、自業自得ではあるんだけど――。

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