第五十三話 恋愛ではなく、親愛
朝からひめの様子がおかしい。
昨日までは人目を気にせず、授業中だろうとひざの上に座ってきたのだが……今日は自分の席で大人しくしていた。
嫌われている――わけではないと思う。
その証拠に、ふと彼女の方を見たらバッチリ目が合った。
どうやらこちらを見ていたらしい。
「……っ」
ただ、それは一瞬のこと。
目を合わせるのも恥ずかしいと言わんばかりにひめは視線をそらした。それだけなら少し悲しくなったかもしれないが、手を小さく振ってきたので安心した。
ひめの情緒は気になるところだが、やっぱりこの子は好意的に思ってくれている。
そうなるとやっぱり、ひめの様子がおかしいのはあの発言が原因だろう。
『誰でもいいわけじゃない。ひめだけが特別だった』
聖さんにロリコンの疑いをかけられていたので、釈明のために本心を打ち明けた。
それがひめにも伝わってしまって、彼女を戸惑わせている。
(八歳の少女にそういうことは言うべきじゃなかったような)
再度言うが、他意はない。
下心があるわけじゃない。ひめのことをかわいく思っているのは、邪な感情があるからというわけじゃない。
恋愛の感情ではなく、親愛の感情。
似ているようでまるで違う愛情を、八歳の少女は認識できるだろうか。
もし俺が、恋愛的な意味で好きだと勘違いさせて、困惑させてしまっているのなら……すごく申し訳ない。
当然ながら、ひめを困らせたいという意図はない。
むしろ俺にとっては、彼女を不安にさせることが最大限の懸念である。
さて、どうしたものか。
そう悩んでいる間に、お昼時間がやってきた。
今日もいつも通り、ひめと一緒に校長室に行っていいものかと迷っていたら。
「あの、陽平くん……行かないのですか?」
ひめが声をかけてくれた。
授業中や休み時間はあまり会話がなくて、少し避けられている感じもあったのだが、お昼時間は一緒に食べてくれるみたいだ。優しいなぁ。
もちろん、避けられているのはひめが感情の整理をできていないだけと分かっている。こればっかりは彼女が落ち着くのを待ってあげるほかないものの、俺がしてあげられることもあると思う。
距離を開けることが最善の策ではない。
なので、彼女の優しさに甘えることにした。
「ごめん。行こっか」
「はい。お姉ちゃんを待たせると、お腹を空かせて機嫌が悪くなっちゃいますから」
……そうだ。聖さんだ。
あの人がひめに俺の言葉を伝えたせいで、少しギクシャクしてしまっている。
なので、相談にくらいのってほしいものである。
ひめのことをよく分かっている聖さんなら、もしかしたら何かしらの解決策を提案してくれるかもしれない。
そう期待して、校長室へと向かった。
「「…………」」
道中もやっぱり無言だった。
ひめが少し前をちょこちょこと歩いて、それに俺がついていく。
歩幅小さいので俺よりも歩数が多い。普段は少しペースを落とさないとすぐ追い抜きそうになるのだが、今日は俺の方がやや早足になるくらいひめが速い。
それが彼女の心情を表している。
明らかに普段通りではない。動揺させていることを、再度申し訳なく思ってしまう。
もう少し発言に配慮するべきだっただろうか。
でも、あそこで自分の本心を伝えないと、俺が無差別なロリコンだと思われたままだったかもしれないし……塩梅が難しい。
何はともあれ、ひめを傷つけないような選択肢を選びたい。
そのために何をすればいいのかを、俺はずっと考えていた――。
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