第四十九話 優しくて、暴力的
……そういえば、さっきはひめにも抱きしめられた。
教室のど真ん中、みんなの視線があるのは恥ずかしかったものの……悪い気分ではもちろんなかった。
お日様とミルクの入り混じった匂い、と表現が適切かどうかはちょっと分からないけど……それに近い匂いと、あとはやや高めの体温が印象的だった気がする。
やや早めだった鼓動も、頬に感じた胸骨とあばら骨の感触も、ひめらしくて微笑ましかった。
この子も生きてるんだなぁ……と、当たり前のことを思ってしまったくらいである。
同時に、安らぎも覚えたのは、遺伝子に刻まれた古来の名残なのか。
かつて、ヒトになる前はグルーミングとか、毛づくろいとか、そうやって仲間と触れ合って安心を覚えていたとネットで見たことがある。その名残もあって、ひめの抱擁で心が落ち着いたのだろう。
でも、聖さんの抱擁はまったく違うもので。
(――や、柔らかい……)
たとえるなら、マシュマロだ。
ふわふわのマシュマロに顔全部が包み込まれているみたいである。
ひめと違って、隙間が全く存在しない。柔らかい何かが俺の顔の凹凸に合わせて形状を変化させている。そのせいで空気が吸えず、息が苦しくなる。
「っ……」
無意識に顔の位置をずらして息をしようともがいていた。
俺としてはそのまま、抱擁から離れても良かったのだが。
「こらっ。暴れないで」
しかし聖さんがそれを許してくれない。
さらに強く、ぎゅーっと俺を自分の大きな胸に押し付ける。
その際、空気を求めて深く息を吸い込んでいたわけで……結果的に、聖さんの匂いを思い切り吸い込む形になってしまった。
肺いっぱいに広がる、聖さんの独特な匂い。
ひめとは明らかに違う、男性の本能を刺激するような、鼻腔をくすぐるものだった。
それでいて、化粧品やトリートメントなどの洗髪剤の香りが入り混じっており、それが余計に心をざわつかせる。
(なんか……くらくらしてきたかも)
覆われているはずの視界が、ぐにゃりと揺れた。
酸欠と、それから聖さんの感触と匂いが、理性という枷を緩くしているかのような。
ゆるくて、ふわふわしている。
でも、理性よりも本能を剥きだしにさせてしまうような感覚は、優しいというよりも暴力的でさえあった。
このまま身を任せていると、危ない気がする。
身の危険を覚えたからなのか、硬直していた体がようやく緩んだ。
「……ひ、聖さん?」
「ん~? なに? 嫌なの?」
「そういうわけじゃ、ないんだけど」
「じゃあ、もう少しそのままでいよ? よーへー、これがおっぱいですよ~? 分かるかなぁ?」
な、なにを考えているのかまったく分からない。
どういう意図をもった行為なのか気になるところだが、その真意を探るのは落ち着いてからでいいだろう。
「聖さん……くる、しい」
とりあずまずは、ちょっと離れてほしい。
感情的に嫌なわけじゃなくて、物理的に息が吸えなくてまずい状況なのだから。
「え? あ、ごめっ……わぁ、よーへーの顔が真っ青になってる!? こういう時は顔を真っ赤にするんじゃないの? 男の子ってそういう生き物なんじゃないの!?」
性別に関係なく、息ができなかったらこうなるよ。
……そう言ってあげる余裕も、もちろん今はなかった――。
//あとがき//
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