第四十八話 藪医者の聖さん

 異性に興味がないというわけではない。

 一般的な男子高校生くらい、とまでは言えないかもしれないけど……それなりに女性に興味はある。


 実際、聖さんを見るとやっぱり『大きいなぁ』という感想は抱くわけで。

 断じて、大きい方が嫌いというわけじゃない。だから、聖さんに無関心ということはありえない。


 でも……小さい方が嫌いというわけでもない。大きい方と比較してもひけをとらないと感じてしまう。大きくても小さくてもどちらにも魅力はあると思っている。


 つまり、俺にはこだわりがない。

 聖さんも、他の女子生徒も、魅力の度合いで言えばほとんど変わらない。


 あるいは、ひめと比較しても……聖さんとの差を、俺は感じていない。

 それが、聖さんにとっては異常に見えたのだろうか。


「よーへーは、小さい子が好きなの?」


 嫌悪している、わけではない。

 かといって、怒っているわけでもない。

 侮蔑はもちろん、怖がっているようにも見えない。


 今の聖さんの表情を言葉に表すなら――『心配』の方が適切に見えた。


「もしそうだとしたら、君の思いは永遠に満たされることはないと思う……だって、みんないつか大人になっちゃうから」


 同情、かなぁ?

 優しい人だと思う。俺が本当にロリコンだとしても、聖さんはきっと軽蔑せずに寄り添ってくれる気がする。


 それから……やっぱりちゃんと勘違いされているな、とも思った。


「安心して。俺は小さい子が好きってわけじゃないよ」


 改めて、ちゃんと訂正しておく。

 今までだって肯定したことは一度もない。でも、強く否定しなかったことも事実。それはあまり良い選択肢ではなかったのかもしれない。


 そのせいで、聖さんに過剰な心配をかけているのだろう。


「……もしかして、無意識なのかな?」


「ちゃんと意識はあるんだけどね」


 ロリコンではない、というハッキリとした意思があるのになぁ。

 このあたり、聖さんにあまり信用されていないから仕方ないのか


「重症だね。自分で気付いていたら、まだ傷は浅くてすむのに」


「傷がそもそもない可能性は?」


「心は痛みを感じないよ? よーへー……無理しないで、大丈夫。私は君の味方だからね?」


 とんだ藪医者だった。

 患者の話をもう少し聞いてほしい、という訴えを聞き入れてくれることもなさそうだ。


 さて、どうしたものか。


「よーへー、落ち着いて聞いてね」


「最初から最後までずっと落ち着いてはいるよ」


「一般的な男子高校生は、私のおっぱいを見て『下品な乳だな!』って思うみたいなの」


「そんなに低俗なことを考える高校生は一般的じゃないかと」


「だから、そうやって思えるくらいには普通になれるよう、私が手伝ってあげるね?」


「別に最初から普通だけど……ん? 手伝いってなに?」


 聖さん、何をしようとしているんだろう。

 不思議に思って顔を上げると、聖さんはいつの間にかしゃがみこんでいた。


 正座する俺と彼女の目線が、ちょうど同じ高さになっている。

 ひざをついてかがんだ彼女は、ゆっくりと俺に手を伸ばして――


「ぎゅ~っ」


 ――優しく、抱きしめてきた。

 ……抱きしめてきた!?


「あ、あの、何を?」


 急な出来事に動揺した。

 しかも、ただ抱きしめられているわけじゃない。俺の顔が、彼女の大きな胸にうずまっている状態だった。


 抱擁というより、これでは拘束に近いかもしれない。

 息が詰まってちょっと苦しい。だけど、顔全体に感じる柔らかくて温かい感触は、決して嫌ではない……って、なんだこれは。


 俺は一体、なんで抱きしめられているんだ――!?

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