第三十九話 姉妹そろって寛容すぎる

 ひめと別れた直後のこと。

 俺と聖さんは、廊下の隅で壁にもたれかかりながら会話を交わしていた。


 内容はもちろん、俺のロリコン疑惑についてである。


「実は、ひめが――」


 これも全部、ひめの勘違いであること。

 否定しようにも、彼女を傷つけたくなくて強く言えていないこと。

 噂は新聞部の久守さんのせいで尾ひれがついていること。


 それらを手短に説明すると、聖さんは大きなため息をついた。

 とはいえそれは、ネガティブなものではなく。


「あー……なるほどなぁ」


 聖さんは、どこか安堵したかのように息をついただけである。

 うんざりしていたり、呆れたわけではなさそうだ。そのことで俺も安堵した。


 良かった。聖さんはちゃんと分かってくれそうである。


「ひめちゃん、意外と頑固というか……自分の考えを曲げないタイプなんだよね」


 姉の聖さんも、ひめの意外な一面はちゃんと把握していたらしい。


「頭のいい子だから、大人の人に否定されたりしたこともないの。だからなのかな? 思い込んだら、まず疑わないところがあるんだよ~」


「……やっぱりそうなんだ」


「でも、頭がいいからこそあんまり勘違いする子でもないし、迷惑がかかることもなかったんだけどなぁ。たとえば『布団に虫が入った!』って騒いでたから確認してみたらただのゴミだったんだけど、ひめちゃんは信じてくれなくて結局私と一緒のお布団で眠った――とか。その程度だったから」


 ……おや?

 今の言葉を聞いた感じ、俺の言葉を全て信じているというわけでもない気がする。


 聖さんはひめのことも信用している。だからこそ、両方の言い分を聞き入れて客観的に考えているようだ。


「たしかに大げさになっているだけかもしれないけど……ひめちゃんは妄想が激しい子でもないよ? もちろん、人に迷惑をかける子でもない。だから、よーへーにも少しそういう好みがあるんじゃない?」


「つまり……俺を疑ってるってこと?」


 少し、心外だった。

 俺はひめをそういう目で見てなんかいないのに。


 彼女が幼い女の子だから可愛いと思っているわけじゃない。

 ひめは、ひめだからこそ素敵で魅力があるのだ。


 ひめは、俺がロリコンだから自分のことを好きになってくれたと思っているかもしれないけど、絶対にそれは違う。

 そのことが聖さんにも伝わっていなくて、少しだけムッとしそうになったのだが。


「火のないところに煙は立たない、ってこと?」


「え? なんで火が出てくるの? 火事の話なんてしてないのに」


 ことわざを口にしたら、聖さんはキョトンと目を点にした。


 あ、うん。

 聖さんにことわざは伝わらないのか。そういえばこの人、勉学は苦手だったなぁ。


「……いや、ごめん。今のは気にしないで」


 でも、おかげで感情の波が引いた気がする。

 気が抜けたというか、力が抜けたというか……そうだ。聖さんは別に、敵対しているわけじゃないのだ。


 今だって、決して俺を糾弾していない。

 彼女は、今もなお俺のことを拒絶せずにいてくれる。


「うんうん。分かるよ。ひめちゃんはすごくかわいいから、君の理性がくすぐられるのはしょうがないよね」


 いや、むしろ聖さんは……俺に寄り添おうとしている?

 あれ? なんか流れがおかしくないか?


「でも、よーへーはいい子だからきっと我慢できるよっ。私もお手伝いするから、一緒に頑張ろう? ロリコン、治せるように頑張ろうね~?」


 ……ほら、やっぱり!

 程度の違いこそあれ、聖さんは結局俺にロリコン的な一面があると判断したらしい。


 その上で見捨てず、受け入れて、治そうと言ってくれているようだ。

 ひめもそうだったんだけど……星宮姉妹って、ロリコンに寛容すぎる――!

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