第三十六話 ロリコンを喜ぶ稀有なロリ


 ――案の定、心配していた通りのことが起きた。

 一限目と二限目の間にある小休憩の時間に、その事件は勃発した。


 ひざの上に座っているひめをあやしながら次の授業を待っていた最中のこと。


「――緊急突撃取材っす!」


 大きな声を上げて教室に飛び込んできたのは、一年生の女子。

 栗色のくせ毛が印象的な、新聞部の久守さんだった。


「大空先輩はいるっすか!?」


「え? な、なにごと?」


「いたー!」


 俺を見つけるや否や、即座にこちらへ駆け寄ってくる久守さん。

 メモ帳を片手にやってきた彼女は、俺と……それからひざの上でお行儀よくちょこんと座っているひめを見て、勢いよく頭を下げた。


「こんにちはっす!」


 慌てている様子なので何事かと思ったのだが……まずは挨拶から入るあたり、礼儀正しさを感じた。中学時代に厳しい部活動に所属していたみたいなので、その名残なのだろう。


「久守さんです。どうも、これはこれはご丁寧に……こんにちはです」


 一方、ひめは相変わらずマイペースでぺこりとお辞儀を返していた。かわいい。

 久守さんと違ってこちらはすごくのほほんとしている。久守さんがやってきても平然としていた。

 そういえば、久守さんは以前ひめに取材したと言っていたっけ……なので、面識もあるようだ。


「久守さん、どうしたの?」


「突然すみませんっす! あの、実はすごい噂が流れているんすよ……!」


「噂……?」


 なんだろう。すごく嫌な予感がする。

 聞くのが怖いのだが、気になることは気になるので久守さんの話に耳を傾けた。


「実は――大空先輩がとんでもないロリコンで、星宮さんをたぶらかしているっていう噂を聞いたんすよ!」


 ……ほら、やっぱり!

 悪い予感は的中してしまった。授業と授業の合間にあるこの短い休み時間に久守さんがやってきたのは、噂の真偽を確かめるためみたいだ。


「こ、こんなの根も葉もない噂っすよね? 流石に悪ふざけがすぎているので、あたしもちゃんと否定したいと思ってるんすけど……一応、念のため確認にきたんすよ」


 そして久守さんは相変わらず健全ですごくいい新聞部だった。

 悪い噂を否定するために、裏を取りに来てくれたということだろう。


「それはもちろん――」


 違うよ。

 そう言い切る直前だった。


「――はい、ロリコンですよ?」


 まさかの裏切り……というよりは、悪意のない無邪気な肯定の言葉がひざの上から響いた。

 その声の出どころはもちろん、星宮ひめである。


「えぇ!? そ、そうなんすか……?」


「はい。わたしは陽平くんにたぶらかされちゃいました。なので、責任をとってもらって妹になるのです」


「……く、くわしく!」


 いや、ちょっと待ってくれ!

 俺を置いておけぼりにして話を先に進めないでほしい。


「ひめ!? 俺はロリコンじゃないってさっきも言ったよね!?」


「はい。わたしは一度聞いたことを忘れませんから、ちゃんと覚えてますよ」


「じゃ、じゃあなんで……!」


「えへへ。それはだって……陽平くんが照れてて可愛いですから♪」


 ああ、ダメだ。

 この子、やっぱりものすごい勘違いをしている。


 彼女の中では、俺がロリコンだと確定しているようだ。否定も照れているだけというように認識しているらしく、全く話を聞いてくれていない。


 そして、俺がロリコンだとしても彼女は心から気にしていない……というか、喜んでいるようだ。

 だからこそ、他人に聞かれても隠そうとすらしない。むしろ誇示するように堂々と宣言している。


 や、やっぱり……悪い予感は的中した。

 ひめは他人からの評価を全く気にしない。他者と比較することなく、自分とその周囲が幸せであればそれで十分だと思える幸せな子なのである。


 それは決して悪いことじゃない。

 でも今は、悪い方向に作用している気がしてならなかった――。

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