第三十二話 彼女がランドセルを背負う理由


 ひめと手を繋いで、通学路を歩く。

 彼女は歩幅が小さいので、俺もそれに合わせてゆっくりと進んでいた。


 そういえば異性と手を繋ぐのは初めてなのだが……ひめは子供なので、女性慣れしていない俺でもさほど緊張することはなかった。


 小さなおててが俺の手をにぎにぎしている。

 そんな、幼い表現が似合うような状況だった。


「陽平くんは手が大きいですね。握っているとすごく安心します」


「そうかなぁ? 平均的な大きさだと思うけど、ひめがそう思ってくれるのは嬉しいよ」


「はいっ。陽平くんは心が広いから、手も大きく感じるのかもしれませんね」


 ……いい子だ。

 お世辞や打算のない、素直な気持ちが心を温かくしてくれた。


 やっぱり、この子と話しているとすごく安らぐ。

 そして、どうやらひめも俺に似た気持ちを抱いてくれているようで。


「今日はいい天気ですね。わたしは晴れている日が好きなのでこういう日は嬉しいです」


「そういえばちゃんと眠れましたか? 陽平くんの寝顔はかわいいですが、授業中に眠るのは良いことだと思いません。お姉ちゃんみたいになってしまいますよ?」


「課題も出ていましたが、ちゃんとやってきましたか? もし難しければ、わたしになんでも聞いてくださいっ。お勉強だけは得意なんです」


 会話が決して途切れない。

 まるで、聞きたいことが次々と溢れてくると言わんばかりに、ひめが質問を投げかけてくる。


 おかげで、いつもは憂鬱な通学路も明るい気分で過ごすことができていた。


「あの、陽平くんはいつも歩いて通学しているのですか?」


 そんな最中、こんな質問が投げかけられた。

 家から学校まで徒歩圏内であることや、それが受験の理由だと説明して……今度は逆に、せっかくなので俺からも気になっていることを聞いてみた。


「ひめはいつも車通学?」


「はい。家が少し遠いところにありまして……バスを乗り継げば通えないこともないのですが。ただ、お姉ちゃんがお寝坊さんでギリギリまで寝たい、とのことで……車を出してもらっています」


 なるほど。聖さんはかなりだらしないので、車の方が都合が良さそうだ。


「どれくらい遠いの?」


「車で三十分くらいです。かなり遠いというわけではありません……わたしの体力だと、少し厳しいのですが」


 それもそうか。

 大人びた雰囲気こそ漂っているものの、ひめの実年齢はまだ八歳である。身長だって俺の胸くらいしかないのだから、移動にだって時間はかかるだろう。


「あと、ランドセルが意外と重いです」


 あ、そうだ。それも気になっていたんだった。


「そういえば、ひめってなんでランドセルを持ってきてるの?」


 一応、ひめの肩書は高校生である。

 しかしながら、彼女はランドセルを背負って登校している。ひめの存在を知ったその日から、一人だけランドセルを背負っていることが密かに気になっていたのだ。


「重いなら、軽いリュックサックとかでもいいんじゃない?」


「……だって」


 それから、ひめは珍しくちょっとだけ拗ねたように唇を尖らせた。

 不服そうで、それでいてすごく愛らしい表情を浮かべて、彼女はこんなことを言う。


「ランドセル、かわいいと思いますっ。今のうちにしか背負えませんし……少し重いですが、やっぱりこれがいいです」


 珍しい。ひめがなんだか、恥ずかしそうだった。


「わ、分かっています。子供っぽいアイテムは、わたしにあまり似合わないですよね……」


 あれ?

 ひめって意外と、そういうのも気にするんだ。

 たしかに、彼女は落ち着いた雰囲気がある。でも、だからといって子供らしいアイテムが似合わない訳がない。


 なぜなら、ひめの見た目は愛らしい子供そのものなのである。


「いやいや。似合ってるよ、かわいいと思う」


 だから、素直にそう伝えた。

 もちろんお世辞なんかじゃない。ひめを子供だと思っている俺だからこそ、余計にそう感じているのだ。


 そんな、俺の意見を聞いて。


「――か、かわいいって!」


 顔を赤くして、嬉しそうに満面の笑みを浮かべた


「そ、そんな……えへへ♪ もう、陽平くんったら。こんなに素敵なことを言われては、妹にならざるを得ませんね。これからも末永く、よろしくお願いしますっ」


 でも、その理論は間違っている気がするなぁ。

 まぁ……ひめが嬉しそうなので、否定はしなくていいか――。



//あとがき//

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