第三十一話 恥ずかしいくらいに


 家から徒歩で20分。

 それが俺の通学時間である。距離がそこそこ近い、ということがこの学校を選んだ理由でもあった。


 俺にとっては少しレベルが高い進学校だが、なるべく通学時間を減らしたくて受験勉強を頑張ったのである。おかげで朝はゆっくりと登校することができていた。


(今日は……うーん、これとか良さそうかな)


 その道中、コンビニに寄ってひめと聖さんに食べてほしいものを購入する。

 再び学校へと向かって歩きながら、お昼の時間にまたあげてみようかなと考えていた……そんな時である。


「ん?」


 やけに高級そうな車が通りすぎていった――と思ったら、数メートルほど前で停車した。

 気になって視線を向けていたら、ゆっくりと扉が開いて……中から、ランドセルを背負った子供が飛び出してきた。


「――陽平くんだっ」


 長くて綺麗な白髪を弾ませて歩み寄ってきたのは、ひめだった。


「おはようございます♪」


「え? あ、うん。おはよう」


 正直なところ、急に現れたのでびっくりしていた。

 そんな俺の顔が面白いのか、ひめはなんだか愉快そうである。


「えへへ~。朝から陽平くんと会えて幸運です。今日は良い一日になりそうですね♪」


 ……いや、違うか。

 俺の顔が面白いのではなく、単純にひめはこの遭遇を喜んでいるだけみたいだ。

 本当にいい子だった。悪く捉えた自分が恥ずかしい。


「ぅぁ~……ひめちゃん、急に降りてどうしたの~?」


 少し遅れて、姫乃姉である聖さんが車の窓を開けて顔を覗かせた。

 眠いのか、もしくは眠っていたのか、いつも以上に声がふにゃふにゃしている。


「お姉ちゃん、陽平くんですよ! 陽平くんがいましたっ」


「……あ、ほんとだ。これは立派なよーへーだね~」


 まるでカブトムシを見つけたみたいな反応だなぁ。

 ひめに袖をぐいぐいと引っ張られながら、聖さんに軽く会釈をしておく。


「お、おはよう」


「うん、おはよ~」


 昨日のことがあるので少し気まずいと俺は感じていたのだが、聖さんの方はさほど気にしていないようだった。

 良かった。とりあえず昨日のことは置いておいて、俺もなるべく自然体で振舞えるようにしよう。


「よーへー、ひめちゃんは任せた~」


「……聖さんは降りないの?」


「聖さんは歩きたくないでーす」


「お姉ちゃん……少し歩いたほうがダイエットにいいですよ?」


「お姉ちゃんは明日からがんばりまーす。運転手さん、よろしくね~」


 と、言い残して聖さんはそのまま車に乗って学校に向かっていった。


「ごめんなさい。お姉ちゃんは出不精なのです」


「え? そのイメージはあるから気にしてない……というか、謝ることじゃないような」


「いえ……めんどくさがり屋の姉なので、結婚生活はたいへんかもしれませんから。先に謝っておこうかな、と」


「いやいや。ひめは気が早いなぁ」


 苦笑しながら肩をすくめたら、そんな俺の手を姫がギュッと握ってきた。


「まぁいいです。お姉ちゃんは運転手の方にお任せして、わたしたちも学校に行きましょうか」


「ひめ……ちょ、ちょっと恥ずかしいかなぁって」


 登校時間なので、当然周囲には同じ学校に通う生徒も多い。

 しかも、ひめはただでさえ今でさえ視線をかなり集めていた。学校の近くになればもっと人も増えるだろうし、ひめと手を繋いでいたら注目の的になるのは間違いないだろう。


「……イヤ、ですか? わたしと手をつなぐのは、恥ずかしいですか?」


 しかし、ひめが悲しそうな顔を浮かべたので、一瞬で恥ずかしい気分なんて吹き飛んだ。


「そういうわけじゃなくて! ひめのことは大好きだけどっ」


 慌てて首を横に振って否定する。

 失言だった。もちろん、ひめが嫌だったわけじゃない……という気持ちを伝えたくて、さらに言葉を重ねようとしたのだが。


「――え? だ、大好きだなんて……そんな、恥ずかしいです♪」


 や、やっぱりいい子だなぁ。

 たった一言で思いが伝わっていた。ひめは顔を赤くしながらも、嬉しそうに唇をもにょもにょとさせている。


 とりあえず、誤解がなくて良かった。


「えへへ~。わたしも陽平くんのこと、大好きですよっ」


 しかも、かわいい顔でそんなことを言われたものだから、恥ずかしさなんて消え失せた。

 周囲の目なんてどうでもいいか。ひめが幸せなら、視線を集めるくらいどうってことないことなのだから――。

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