第三十話 何かが始まりそうな


 ――まさか、聖さんが結婚の話を知っていたとは思わなかった。


(し、知っててあんなに平然としてたのか……!)


 もっと困惑されるかと思っていた。

 だって、いきなり妹から『この人と結婚してください!』なんて言われても、普通なら困るだけだろう。


 ましてや、相手は俺なんていう平凡で普通な人間なのだ。

 仮に、顔が良かったり、優秀な人間であれば、あるいは嬉しいのかもしれないけど。

 しかし、いくら最愛の妹から俺を紹介されても、大して特徴のない人間に何か思うところなどないだろう。


 むしろ、迷惑そうな態度を取られるとすら思っていた。

 だけど聖さんは俺に対してずっと普通に接してくれていたと思う。


 初対面だけど、決してネガティブな対応はされなかった。むしろ親しくしてくれた……だからこそ、結婚の話は知らないと思い込んでいたので、先ほどの言葉にすごく驚いてしまった。


 聖さんが教室から出て行って、もう十分くらい経過している。

 しかし、動揺のあまり俺は自分の席に座ったまま動けなかった。


(と、いうことはつまり……ずっと俺を見定めていた?)


 先ほどもそうだった。

 やけに見られているというか……目を見てくる人だなぁとは、薄々感じていた。

 どうやら聖さんは、俺がどういう人間か理解しようとしてくれていたらしい。


 見た目や能力など関係なく、人間性をちゃんと見定めてくれて……その上で、受け入れてくれたように感じた。


『――ひめちゃんに言われてることは、あまり気にしなくていいからねっ。変に意識せず、普通の友達から始めてくれると嬉しいなぁ』


 去り際の言葉が、何度も頭の中で繰り返されている。


(悪い印象はなかった、ってことだよな……?)


 好意的な言葉、という認識で間違いはないだろうか。

 俺の勘違いや思い過ごし、という可能性もあるだろう……でも、星宮姉妹の人間性を間近で見たからこそ、二人の言葉に裏がないことだってちゃんと理解している。


 そのせいで、ドキドキしてしまっていた。


(そ、そんなこと言われたら、余計に意識しちゃうからっ)


 普通の友達から始めてほしいと、聖さんは言った。

 それはつまり、いずれ……友達以上になる可能性もある、ということを示唆しているのか?


(俺が、聖さんと……っ)


 その先は、思考ですら言葉にすることはできなかった。

 恋人になる、だなんて……口ではもちろん、思うことすらおこがましい。


 でも、仮にそうなれるのなら――それはとても、素敵なことだと思う。


(ま、まぁ、とりあえず落ち着こう……聖さんも変に意識しないでほしいって言ってたしっ)


 分かっている。いつも通りの態度がいいことも、理解している。

 でも、それは無理だ。あんなに綺麗な人にそんなことを言われて、平然とできる男なんていないだろう。


 だから、よし……もう、考えるのはやめておこう。

 考えたところで何も答えは出ない。だったら、一旦置いておくのありだと思う。


 自分の気持ちも、正直まだよく分かっていない。

 聖さんに対する思いは、またいずれ……もっと親交を深めてから、改めてしっかり考える。


 そう決めたところで、ようやく落ち着いた。


「……帰らないと」


 もう時間は遅い。

 夕日の一部が沈みかけていたので、俺は慌てて席を立つのだった――。

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