第二十九話 実は知ってた……!?


 時間にして、十分くらいだろうか。

 ずっと顔を伏せていた聖さんが、ようやく体を起こしてくれた。


「ゆ、油断したぁ……まさかよーへーに泣かされるとは思ってなかったよ~」


 もう、いつもの聖さんに戻っている。

 シリアスな雰囲気も嫌いではないけど……ふわふわした話し方も、明るい笑顔も、やっぱりこっちの方が聖さんには似合っていた。


「――あ! な、泣いてはないんだけどねっ」


「……別に泣いててもいいのに、なんで意地張ってるの?」


「だ、だってぇ……お姉ちゃんは泣かないもーん。妹が不安になっちゃうでしょ?」


 つまり、姉としての意地なのかな?

 妹のひめには決して弱みを見せたくないのだと思う。


「ひめには内緒にしておくから、安心して」


 そう言ってあげると、聖さんは安堵したように表情を緩めた。


「本当に……?」


「もちろん。秘密にしておく」


「……じゃあ、よーへーの前ではいっぱい泣いちゃおうかな~」


「それはそれで困るよ。まぁ、無理に笑う必要もないけどさ」


「うん。だから、自然体でいさせてもらうよ~」


 そう言って、聖さんは俺をジッと見つめた。

 ……なんだか居心地が悪い。いつもより凝視されている気がして落ち着かなかった。


「「…………」」


 少しだけ、無言の時間が流れる。


 どうかしたのだろうか?

 聖さんが何を考えているのか分からなくて困惑していると、先に彼女の方から口を開いた。


「……なるほど。ひめちゃんが気に入るわけだ」


 いったい何を見て、今その判断ができたのだろう?

 気になって耳を傾けてみる。聖さんはゆっくりと、それでいて丁寧に彼女の感じたことを俺に教えてくれた。


「よーへーって、人に緊張感を与えない種類の人間だね~」


「まぁ、威厳はない自覚はあるよ」


「あはは。たしかにそうかも~……でも、悪い意味じゃないよ? ひめちゃんはたぶん、君の隣にいるとすごく落ち着いたんだよ。だから懐かれたんだね~」


 そう言われると、ちょっと嬉しいかもしれない。

 緊張感を与えない、というよりは緊張する必要のない人間でしかないと思う。でも、そのおかげでひめや聖さんと仲良くなれたのなら、別に悪いことではなかった。


「うんうん。ひめちゃんが気に入っているから悪い人じゃないとは分かってたけど、思ってた以上にいい感じで良かったよ~」


「そう? まぁ、いい感じなら良かった」


「そうだね~……私も仲良くできそうで安心したっ」


 それから聖さんは席を立ちあがって、俺に一歩だけ歩み寄った。

 もう夕方だからなのか、窓からは茜色の光が差し込んでいて……聖さんの顔がほのかに赤みを帯びている。


 そんな、放課後の教室で。

 いつもよりも赤い顔で、聖さんはこんなことを呟いた。


「で、でも――ひめちゃんに言われてることは、あまり気にしなくていいからねっ。変に意識せず、普通の友達から始めてくれると嬉しいなぁ……じゃあ、バイバイ!」


 そんな言葉を残して、聖さんは教室を出て行った。


「……ど、どういうこと?」


 最初、俺は何を言われているか分からなかった。


 ひめに言われていることを気にしなくていい?


 普通の友達から始める?


 いったいどういうことなのか……と考えて、すぐに思い出した。


「――結婚のことか!?」


 ひめに言われていることといえば、これだ。

 あの子に『お姉ちゃんと結婚してください!』と言われたことを思い出したのである。


 今日一日、聖さんの態度が普通だったのでひめはそのことを伝えていないと思っていたのだが……どうやら、違っていたらしい。


 実は聖さんは、結婚の話を知っていたみたいだ――。




//あとがき//

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