第二十七話 できそこないのお姉ちゃん


 聖さんはひめが先に帰宅していることなんてすっかり忘れていたらしい。


「ちょ、ちょっと寝ぼけてただけだもーん」


 恥ずかしいのか白を切ろうと努力しているものの、表情があからさまに狼狽えているので分かりやすかった。感情が顔に出てしまうタイプなんだろうなぁ。


 やっぱり聖さんは、少し抜けているところがある。

 会って間もない俺ですら気付くのだ。本人も、当然分かってはいるようで。


「はぁ……私、ちょっと記憶力が悪いんだよ~」


 嘘と言い張ることもすぐに諦めていた。

 今は観念したように両手を上げて苦笑している。


「ひめちゃんは見たものを全部覚えてるのに……私はなんで何も覚えられないのかなぁ?」


 自虐なのだろうか。

 ふわふわしている性格なので、いつも陽気に思えていたのだが……意外と、そうでもないのかもしれない。


「ひめがすごいだけで、別に聖さんが悪いわけじゃないと思うけど」


「うーん……そうかなぁ?」


 おっと。

 軽くフォローの言葉を入れてたが、聖さんの顔色は決して明るくならない。

 むしろ、難しそうな顔でひめの机をジッと見ていた。


「よーへーは、ひめちゃんのことどう思ってるの?」


 ……先ほどまでとは、少し雰囲気が違うな。

 ひめの前では終始おっとりしていた。でも、あの子がいない今は違う顔を見せているような気がする。


 妹には見せられない……あるいは見せたくない一面、なのかもしれない。

 軽い言葉は不要だ。そう感じさせる、空気の重みを感じる。


 そのせいなのだろう。

 無意識に、本音の言葉を返していた。


「ひめのことは……『かわいい子供』と思ってるよ。もちろん、すごく優秀なことは分かっている。その上で、素直で無邪気な、幼い子だなぁ……と。」


「――正解。ひめちゃんは天才である前に、素直で心優しい子供なの。両親の重すぎる期待に応えようと頑張ってる、とてもいい子で……手のかかる姉から目が離せない、愛情深い子でもある」


 いつもの語尾を伸ばす、ふわふわした喋り方ではない。

 シリアスに、それでいてよく通る綺麗な声で、彼女は囁くように言葉を続けた。


「お姉ちゃんの私が、こうやってバカだから……あの子を縛り付けてしまっている。心配させちゃってる……伝言すら覚えられない私のせいで、ひめちゃんに負担をかけてる。両親の期待も、私の分まで背負わせて……本当に、情けないお姉ちゃんだなぁ」


 ……弱音、というよりは愚痴に近いのだろうか。

 聖さんはどうやら、ひめに対して罪悪感を抱いているらしい。


 それもあって、ひめの伝言を忘れたことをきっかけにネガティブになっている――ということなのかもしれない。


(そういうこと、だったんだ)


 ただ、今の話は俺にとってすごく有益だったというか……とある疑問が解決する内容だった。


「ひめがこの学校に通っているのは――聖さんのため?」


 そう。誰もが認める天才少女が、こんな一般的な進学校に通っている理由。

 それは、最愛の姉のためらしい。


「本当はね、ひめは海外の大学に通う予定だったの。でも私がここに補欠合格して、なんとか通えてることが決まって……それから急に、一緒の学校に行くって言い出しちゃって」


 ……なるほど。

 久守さんから聞いた噂だと、聖さんを合格にする代わりにひめがこの学校に通っている、とのことだったが……もちろんそれは噓だったようだ。


 真実はもっと、優しいものだった。

 しかし、聖さんにとってはやっぱり、思うところもあるのだろう。


「優秀な妹に比べて、私は……できそこないのお姉ちゃんだからなぁ」


 残念そうな呟きは、聖さんらしくない……辛そうな声だった――。

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