第二十五話 所詮は噂に過ぎないので


 天才故に、登校する必要のないひめがこの学校に在籍している理由。

 どうやら、それに関する噂があるようだ。


「もちろん真偽は不明っす。あたしも信じてないんすけど……ただ、嘘八百だと笑い飛ばせない理由があるんすよね」


「理由……?」


「お姉さんって、ものすごくあれなんすよ」


 それから久守さんは、重苦しい表情で……こう言った。





「ものすごく――おバカらしいっす」





 その言葉に、俺は思わず頭を抱えてしまった。

 聖さんと出会う前なら、嘘だと思えたのだが……昼食の時に会って話をしたので、否定できなかった。


 たしかにあの人は、勉強ができなさそうである。


「お姉さん、成績が桁外れみたいで……もちろん、低い方にっすよ?」


「……あんなに頭が良さそうな見た目なのに?」


「はいっす。お淑やかで、お綺麗で、落ち着いていて……なのにお姉さんは学年でワースト1らしいっすよ。あまりに点数が低いので、ご友人ですらテストの点数は見せてくれないみたいっす」


 何も言わなければ、美人の優等生。

 ただ、口を開いたら人間性が出るわけで……良く言えば緩い、悪く言えば抜けている雰囲気があったので、成績が悪いと言われても否定はできなかった。


 あの感じだと、勉強とかたしかに嫌いそうだ。努力とか根性とか、暑苦しい精神論からかけ離れた人だからなぁ。


「とはいえ、出どころも分からないただの噂話っすからね……真実だとは思ってないんすけど、お姉さんの成績を根拠にされると『違う!』って断言できなくて」


「……うん、信じてるわけじゃないよ。でも、ひめと聖さんについて知ることができて良かったよ。ありがとう」


 少し、ではあるけれど。

 星宮姉妹について、理解が深まった気がする。


『ひめの功績が大きすぎるが故に、周囲が委縮してしまっていること』


『そのせいで、二人に関する事実が少し誇張されてしまっていること』


 この二つを知った以上、もう噂話は聞かなくてもいいやと思った。

 たぶん、久守さんは他にもいくつか噂を知っているかもしれないけど……いずれも信憑性は薄いのだろう。だから彼女も積極的に語ろうとしていないのかもしれない。


 だったら、これ以上は聞く必要もなさそうだ。

 俺の認識とも大きく外れてはいなさそうなので、まずはそれでいいだろう。


 星宮姉妹をもっと知りたいなら、本人たちと向き合った方がより確実だ。


「先輩、今日はありがとうございますっす! おかげで星宮さんのかわいいお話が聞けて、すごく楽しかったっす」


 あと、新聞部の久守さんは思っていた以上にいい子だった。

 敬語こそ変だけど、礼儀正しくて丁寧である。


(意外と……世の中に悪い人っていないんだなぁ)


 ひめもそうだった。冷たい印象のある子だったけど、接してみるとすごく温かみがあった。


 久守さんのことを疑った自分がすごく恥ずかしい。

 この子ならきっと、悪い記事を書くこともないだろう。そう信じることができた――。


 そういうわけで、久守さんに見送られて空き教室を出た。

 意外と話し込んでいたのか、もう夕方に近い時間になっている。


 俺も早く帰ろうと思って、足早に教室に戻る。

 すると、予期せぬ人物がそこにはいた。


「……すやぁ」


 ひめの席で、寝ている女子生徒がいる。

 顔立ちはひめに似ていた。でも、体つきがあの子とは正反対である。


(な、なんで聖さんが!?)


 そう。そこには、星宮聖さんがいたのだ――。

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