第十七話 ひめの恩返し


 さて、呼び方が決まったところで。

 ようやく、弁当を食べることができそうだった。


 星宮さん……じゃなくて、聖さんもソファに座っている。ローテーブルをはさんで対面にソファが二つあるのだが、俺の対面側に彼女は座っていた。

 そしてひめは当たり前のように俺の隣に座っていた。距離感も近いというか、ひざとひざがくっついている。甘えられているみたいでなんだか嬉しかった。


「はい、どうぞ。陽平くんのお弁当です」


「ありがとう……って、これを本当にもらって大丈夫なの?」


 弁当箱――とは言いにくい重箱の蓋を開けると、豪華な料理が一気に姿を現した。

 お正月に食べるおせちみたいに、少量の料理が多数並んでいる……分かる範囲だと、エビとローストビーフと、サラダと……えっと、この黒い卵ってあれだよな? きゃ、キャビアってやつだよな!?


 たぶんこの弁当、一つで相当な額になると思う。

 庶民には認識すらできない高価な食材が遣われている気がして、すごく気が引けた。


 もしかして、俺のために特別に用意してもらったのだろうか。

 仮にそうだとしたら申し訳ない、と思ったのだが。


「もちろん、遠慮しないでください。陽平くんに食べてもらいたくて、シェフに用意してもらいました。お口に合うといいのですが」


「……ひめちゃん、このお野菜あげる~」


「はぁ……お姉ちゃん、高校生なんですから好き嫌いはしないでください」


 二人の反応を見る限り、これが通常のメニューな気がする。

 大して驚いたり、喜んだりする様子がない。俺が母の手料理を食べる時と同じような無のリアクションだった。


(やっぱり、星宮姉妹ってかなりお嬢様なのか……?)


 なんとなく、そんな気はしていたのだが。

 接する機会が増えたことで、確信に変わった。

 だからこの二人は俺たち普通の生徒と違って、所作に気品があるのだろう。


 生まれからまるで違う人生を歩んでいたのだ。

 そんな二人と仲良くできているのは、奇跡に近い……せっかくだし、この味も堪能させてもらおうかな。


「い、いただきます」


 まずは、まだ見慣れているエビから食べてみる。もちろん形状を知っているだけで、素材の質は全然違うものだろう。


(な、なにこれ!? 初めて食べる味だっ)


 美味しいの次元が違う。

 もはや、これを美味しいと表現していいのかも分からない味に、驚きや喜びよりも困惑が勝っているくらいである。どんなリアクションをすれば正解なのかも分からなくて、しばらく何も言えなかった。


「……よ、陽平くん、どうですか? わたしたちが普段食べている食事なのですが……お口にあいますか?」


 戸惑う俺を見てなのか、ひめが心配そうな表情で感想を聞いてきた。

 彼女なりに俺のためを思って用意してくれた昼食なのだろう……喜んでもらえるかどうか、不安なのかもしれない。


 そんなひめを見て、俺は慌てて感想を伝えた。


「――もちろん美味しいよ! お、美味しすぎて、ちょっと混乱してるくらいにっ」


「そうですか? えへへっ……それなら、良かったです」


 頷く俺に、ひめは安堵したように息をついてからふにゃりと笑った。


「昨日もらったお菓子のお礼ですっ。喜んでもらえて、すごく嬉しいですっ♪」


 お礼って……何倍返しになるのだろうか。

 鶴の恩返しならぬ、ひめの恩返しはあまりにも過剰な気がする


 ちょっと申し訳ないなと、罪悪感を抱く程に。

 でも……彼女たちの生活は、俺が遠慮することすらおこがましいレベルみたいで。


「……これってそんなに美味しいかなぁ。じゃあ、よーへーにもあげる~」


「あ、お姉ちゃん! 無理に押し付けたらダメですよっ」


「でも、この前も食べたし飽きちゃったもーん。ひめちゃんだって、最近はよく残してるくせに~」


「ま、まぁ……たしかに、もう少し違う種類のごはんも食べたいですけどっ」


 まさか、これを食べ飽きるような食生活を送っているとは……!

 俺はすごくもてなされた気分でいたけど、もしかしたら二人にとっては大したお返しではないのかもしれない。


 それこそ、俺がお菓子をあげたような感覚なのだろうか。

 でも……まぁ、こういう食事に飽きているのなら都合が良かった。


 実は今日、タケノコのお菓子とキノコのお菓子を持ってきている。

 せっかくなので食べ比べしてもらいたいと思っていたのだ。


 それに二人が喜んでくれたらいいなぁ――。



//あとがき//

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