第十六話 男女の距離感は幼女には分からない


 正直なところ、たしかに呼び方には迷っていた。

 星宮さんと呼ぶと、どうしても妹のひめも反応させてしまうだろう……なので、可能であるなら呼び捨ての方がいい気もする。


 でも、同級生の女子を……しかもめちゃくちゃ美人で人気のある彼女を気軽に呼び捨てできるのであれば、そもそも俺はこんなモブっぽい人生を歩んでいないだろう。


 ひめのことは、年下の子供なのでまだ抵抗が薄かったのだが。

 やっぱり、同級生相手にはものすごくためらいがあった。


 どうしても、俺なんかが呼び捨てなんておこがましいと思ってしまうのである。

 この感覚は思春期ならではな気がする。どうしても、異性として意識してしまうのだ。


「私は別に気にならないんだけどなぁ。よーへー? ほら、普通でしょ~?」


「お姉ちゃんには『遠慮』って概念がないですからね」


「むぅ。ひめちゃんったら、失礼だよっ」


「陽平くんは奥ゆかしい魅力のある人なのです。だから無理はしなくてもいいと思うのですが――って、そうだ! やっぱりダメです、呼び捨てにした方がいいに決まってますっ」


 ん? 途中まで俺の味方をしてくれそうだったのに、ひめが急に真逆のことを言い出した。


 それから彼女は立ち上がって、俺の耳元に顔を近づけてくる。


「(陽平くん、将来はお姉ちゃんと結婚するのですから、呼び捨てくらい今から慣れていた方がいいですよっ)」


 こしょこしょと、耳元で内緒の話が囁かれる。

 湿った吐息が少しくすぐったかった。


 って……いや、そうなる未来が確定しているわけじゃないんだけどね?

 とはいえ、この結婚に関することを内緒話にするということは、まだ当の本人には伝えていないということか。


 それならまぁ、安心した。

 変に意識して緊張していたのかもしれない。心配事がなくなって気分が少し落ち着いた。


「あれ~? 私だけ仲間外れで内緒話なんてずるいよ~」


「大したことは話してないです。だから、拗ねないでください」


「……むぅ~」


 それから、星宮さんはほっぺたを膨らませていた。

 拗ねた態度がひめとそっくりである……それを見ていると、なんだか肩の力が抜けた。


 あまり気負いすぎても、彼女は居心地が悪いのかもしれない。

 ひめだってそうだった。校長や教員たちに過剰な気を遣われて嫌そうにしていた……それと同様、姉の方も自然な態度の方が接しやすいのだと思う。


 だとするなら、俺も自然体でいよう。


「――聖さん、でいい? ごめん、やっぱり呼び捨ては緊張するから……それは慣れてからにしてくれると嬉しいかな」


 フランクな態度で、かとって無理はせずに。

 できれば呼び捨てにしたいところだけど、名前にさん付けが今の俺の限界である。それを正直に伝えると、彼女は……ぷしゅ~っと、ほっぺたを萎ませた。


「ふむ、しょうがないにゃ~。それでいっか」


 そう言って、今度はニッコリと笑う星宮さん――じゃなくて、聖さん。

 良かった……満足とまではいかないものの、納得はしてくれたみたいである。


「うふふ。そういえば、男の子に名前で呼ばれるの初めてだよ~。なんだか照れちゃうね」


 は、初めてなのか!

 慣れている感じが出てたので、てっきり普段から気軽に男子も呼び捨てにしているのかと思っていたけど、そうでもなかったみたいだ。


「……せっかくなので陽平くんも呼び捨てにしましょうっ。なんなら『ひーちゃん』とかでもいいと思いますよ! その方が距離感が近くていいと思います」


 ただ、ひめの方は納得いっていないようである。

 俺を聖さんと結婚させようとしているからなぁ……もっと親しくさせようと思っているのかもしれない。


 でも、さすがにあだ名はちょっとハードルが高いので、これくらいで許してほしかった――。

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