第十三話 理想のお兄ちゃん
ひめに対してはぺこぺこと腰が低かったくせに。
彼女がいなくなるや否や、校長は偉そうな態度でこういった。
「彼女は我が校の宝だ。偶然、本当に奇跡的な理由で、彼女にはこの学校に通ってもらっている……この意味を、君は分かっているかね? 分からないだろう?」
「……まぁ、はい」
「――これから何か偉業を残すたびに、彼女の母校が経歴書に記載される、我が校の名が、歴史的な資料に残される。きっとこの先、我が校は彼女を輩出した偉大なる学校として認識されることだろう。彼女が気まぐれを起こさずに、卒業してくれたら――我が校への利益は、測り知れない」
聞いてもないのに、校長は長々と語りだす。
早く終わってほしいなぁ。ひめとの昼食が遅れてしまいそうだった。
とはいえ、口をはさんでも余計に長引きそうだ。聞いていて楽しい話でもないのだが、。何も言わずに黙って聞くことにした。
「君のような一般生徒とは、まるで身分が違うのだよ。だから、友人になったのであれば……その地位を守りなさい。彼女の機嫌を損なわないように気をつけてくれ。そうしてくれたら、内申点や成績に関しては、便宜を図ってあげないこともない」
「えっと、別にそういうのはいいですけど」
「……分かってないね。逆に言うと、もし彼女が気まぐれを起こして我が校を去る場合――もしも君が関係していたとするなら、君の処分だっていかようにだってできる。そういうことなのだよ」
うわっ。そういうことか。
内申点や成績を良くすることができるのなら、悪くすることだってできるわけで。
つまりこれは、脅迫に近いのかもしれない。
「だから、警告しているのだよ。くれぐれも、気をつけなさい――と」
汚いなぁ。大人ならこういうのは普通なのだろうか……だとしても、こんな大人にはなりたくないと、心から思わされる。
そして、仮にひめがこういう大人とばかり接して嫌気が差しているとするなら――俺に好意を持ってくれた理由も、なんとなく理解できた気がした。
俺はひめを利用しようとか、媚びを売ろうとか、そういうことを一切考えていない。もちろん、彼女が特別ですごい子だとは理解している上で、それでも一人のクラスメイトとして、それから年下の子供として接している。
もしかしたら彼女は、それが嬉しかったのかもしれない。
だとするなら、もちろん――校長に何を言われようと、態度を変えるつもりは全くなかった。
「はぁ、なるほど……じゃあ、彼女を待たせたくないので、そろそろ行ってもいいですか?」
「ああ、良い心がけだ。行きなさい。そしてうまくやりなさい」
と、ありがたくない言葉は聞こえないふりをして、早々に校長に背を向ける。
汚い大人から一刻も早く離れたかった。
校長室の扉を開ける。室内では、ソファの隅でちょこんと座っているひめが俺を待っていた。
「ごめんね、ちょっと話が長くて」
「……ごめんなさい。わたしのせいで、変な話をされませんでしたか?」
ひめは、なんだか申し訳なさそうな顔をしていた。
頭がいい子なので、校長がどんなことを言ったのかも何となく察しているのかもしれない。
だから、優しく……彼女の頭を撫でてあげた。
「変な話はされたけど、ひめは何も悪くないよ」
ひめは何も悪いことなんてしていない。
だから、気にしなくていいと、伝えたくて。
「心配しないでも大丈夫。さっきも言ったよね? ……俺がひめを嫌いになることなんて、ないって」
そう言ってあげると、ひめは……暗い顔から一転して、すごく嬉しそうに笑ってくれた。
「……えへへっ♪ やっぱり陽平くんは、素敵な人ですね」
「そう? ひめにそう言われるのは、やっぱり嬉しいなぁ」
「はい、そうです! ……わたしのお兄ちゃんとして、すごく理想ですっ」
「そ、それは、どうなんだろう……?」
お兄ちゃんになってほしい、という言葉にはまだ戸惑いはあるものの。
それはさておき。
また、昨日見せてくれたような明るい表情を見せてくれて、俺もなんだか嬉しかった――
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