第十二話 子供だからこそ嫌なこと
教室から校長室への移動中。
気になったので、どうしてひめが校長室でお昼ご飯を食べているのかを聞いてみた。
「特別な理由はありませんよ。ただ、使用していいと言われたので利用しているだけです。正直なところ、ごはんの場所はどこでも構わないのですが、せっかくの好意なので無碍にするのも申し訳なくて」
「そうなんだ……理由がちゃんと大人だね」
「『便宜』なのだと思います。まぁ、こうやって特別扱いされるのは慣れていますから……って、今のはちょっと鼻につきましたか?」
「いやいや、鼻になんてついてないよ」
ひめが校長に特別扱いされている、だなんて……別に今更、驚くほどのことでもない。
むしろ正当な評価だと思う。彼女ほどの人間が自分の学校に通ってくれているのだから、せめて居心地よく過ごしてほしいと思うのも当然な気がした。
それほどまでに、星宮ひめという存在は正真正銘の『特別』なのだから。
「ごめんなさい。自覚はないのですが、たまに自慢みたいになっちゃうことがあって……そういう時は注意してくださいね。わたし、陽平くんには嫌われたくないので」
「別に自慢だとも思ってないよ。それに……俺がひめを嫌いになることなんてあるのかなぁ?」
逆に嫌われたり失望される可能性なら大いにあると思うのだが。
こちらからひめを嫌いになることなんて、まずないだろう。ひめは素直でいい子なので、嫌いになる要素がそもそもないのだ。
「……えへへっ。陽平くんにそう言ってもらえると、すごく元気が出ますね♪ ありがとうございます」
「そう? 元気が出てくれなたら、何よりだよ」
と、そうやって会話しながら歩いていると、すぐに校長室に到着した。
職員室のすぐそばにあるので、通りがかる教員たちからもじろじろと見られていたが、誰も声をかけたりはしない。みんな、ひめに気を遣っているのだろう。
そしてそれは、校長先生も同じだった。
「おっと。星宮さん、すみませんね。先程会議があって片付けが遅れてまして……もう出ていきますので、申し訳ありません」
校長室の扉をノックすると、慌てた様子の校長が出てきた。ぺこぺことひめに頭を下げてから、俺たちと入れ替わるように校長室を出ていく。
そてにしても……おじいちゃんと孫くらい年齢が離れているのに、校長はひめに敬語を使っていた。それほどの存在、ということなのだろう。
「いえ、わたしが校長室を使わせてもらっている立場なので、謝る必要はないと思いますが」
「なんの! 星宮さんが遠慮することはありません……この学校に通ってもらっているのですから、これくらいはむしろ当然ですので!」
「……そうですか」
おっと。
ひめが少し、うんざりしたような表情になった。
たぶんだけど、この子は露骨にかしこまった態度を取られたりするのが嫌いな気がする。ひめは子供だからなのか、大人にへこへこされるのが特に嫌なのかもしれない。
ただ、何か言い返しても無駄だということも理解しているようだ。そのことに関しては何も言わずに、スルーしていた。
「あ、今日は陽平くん――えっと、友人も一緒に食べるので、彼も校長室に入れて大丈夫ですか?」
「ん? 友人……ふむ、友人ですか! もちろん、構いません。ただ、ちょっと君……少し話をしないか?」
「え、俺ですか?」
「うむ。君だよ、ちょっと来てくれ」
そして、矛先がいきなり俺になった。
言われた通りひめを校長室に残して、扉を閉める。
その瞬間、校長が表情を変えた。
「――くれぐれも、彼女の機嫌を損なわないように」
まるで、威圧するような態度である。
ひめへの対応とはまるで違う校長に、俺は……なんとなく、彼女が嫌な顔をした理由が分かった気がした。
人によって態度を変える……それは決して、悪いことではないと思う。
でも、大人のこういう打算的な態度は、子供にとってはすごく気持ち悪く感じた――。
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