第十話 時は戻って
――そうやって、昨日の放課後に星宮さんとたくさんのオシャベリをした。
本当に、夢みたいな時間だった。
朝起きて、やっぱり夢だったのでは?と考えたくらいである。
と、いうわけで……ここでようやく話は冒頭に戻るのだ。
朝、登校してきた星宮さんに声をかけようと思ったら、彼女が読書を始めたので、何も言うことができなかった。
やっぱり、昨日のことは星宮さんの気まぐれで、今日からまた他人同士に戻るのかもしれない……と考えていたところ。
『……陽平くん、どうして何も言ってくれないのですか?』
『昨日はあんなにオシャベリしたのにっ』
まるで、我慢の限界だと言わんばかりに星宮さんはほっぺたを膨らませた。
どうやら彼女は、声をかけてくれるのを待っていたらしい。それなのに俺がいつまで経っても何も言わないから、しびれを切らしてふてくされたのだ。
しかも、その上。
『そういえば……どうしてわたしのこと、苗字で呼ぶのですか?』
『星宮じゃないです。わたしにはちゃんと『ひめ』って名前があるんですよ?』
『名前で呼んでください。陽平くんは年上なのにそれくらいもできないのですか?』
苗字で呼ばれることに不満を抱えていたらしく、そのことで責め立てられた。
名前で呼んでほしいと、そう言われた。
俺が思っている以上に、彼女は俺のことを慕っていて……好意的に思ってくれていたのである。
そして更に、彼女はクラスメイトの目があるにもかかわらずひざの上に座ってきた。
『おひざの上は居心地がいいので、今日はここで授業を受けますね』
もちろん、級友たちも驚いている。
教室は一気に騒々しくなって、朝のSHRになってもまだ喧騒が落ち着くことはなく、それから星宮さんも俺の膝からどいてくれなかった。
――そして、時は戻って。
「……どうした、今日は騒がしいな」
担任のおじさん教員も、普段と違う教室に困惑していた。
ジャージ姿の先生は、教室を見渡す。それから俺の膝の上に座る星宮さん……じゃなくて、ひめを見てびっくりしていた。
「えっと……星宮さん、何をしているのですか?」
恐らく、ひめ以外の生徒が同じことをしていたら注意するだろう。でも、ひめは異常に教員たちから特別扱い……というよりは、敬意?をはらわれているみたいなので、腰がすごく低い。言葉遣いも敬語なのは、それだけひめがすごい存在だということだ。
ただし、もしかしたら……ひめはそうやって『特別扱い』されることが、あまり好ましくないのかもしれない。
「……陽平くんのお膝に座っているだけです。何か問題はありますか?」
俺への態度とは、まるで違う。
冷たくて素っ気ない態度で、対応している。
それに対して、もちろん先生が注意することは無い。
ただひたすら、平身低頭でペコペコするだけだ。
「いえ! 何も問題はないです……好きなだけ自由に座ってください!」
おい。なんであんたがそれを決めるんだよ。
俺の膝の上なんだから、俺に決定権があってほしい。
でも、それはどうやら無理なようだ。
「おい。そこの……えっと、ん? うーん……まぁいい。そこの男子、くれぐれも星宮さんを困らせるなよ。授業中もそのままでいいからな」
そして先生は、俺の名前を憶えていないようだ。思い出そうと頑張ってはくれていたが結局何も思い浮かんでこなかったらしく『そこの男子』呼ばわりされていた。
まぁ、認識されていないことなんて別に珍しくないので、腹が立つということもない。それはともかく……どうやら、ひめがこのまま授業を受けてもいいようだ。
「それじゃあ、出席を取るぞ。いい加減に静かにしろ!」
……そして、いつものように学校が始まる。
「……えへへ♪ 陽平くんはすごく暖かくてポカポカしますね」
ただし、膝の上にひめが座っていることは、当然ながら普通ではないわけで。
まさか、モブAがこんなことになるなんて……まるで夢みたいな時間が、今も継続しているみたいだ――。
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