第九話 特別なこと
そんなこんなで、星宮さんとは色々と話をした。
もっと早く帰宅しようと思っていたけど、意外と時間が経つのは早く……いつの間にか、夕方近くになっていた。
彼女に『お姉ちゃんと結婚してください!』に関する話をしている最中のこと。
「……あ! お姉ちゃん、生徒会の仕事が終わったみたいです。連絡が来ました」
子供用と思わしきスマホを確認した星宮さんが、慌てた様子で立ち上がった。
高校に通っているというのに律儀に持ってきているランドセルを背負ってから、俺に向かってぺこりと頭を下げる星宮さん。
「校門で待っているみたいなので、そろそろ帰りますね。陽平くん、今日はありがとうございましたっ。おかげで久しぶりに退屈じゃない時間が過ごせた気がします」
「いやいや、こちらこそ会話できて嬉しかったよ。楽しかった」
……ちょっと変な話もたくさんした気がするけれども。
ともあれ、楽しかったことは間違いない。星宮さんと過ごす時間は、平凡に生きている俺にとって本当に貴重で……将来、この子が何かの話題で出るたびに『俺、星宮さんとオシャベリしたことあるだよなぁ』と誇りに思うくらいの出来事だと思う。
対して、星宮さんの方は俺の言葉を聞いて嬉しそうに笑っていた。
「えへへっ。楽しいと言ってくれると、すごく気分が良くなりますね……♪ 退屈なわたしにそう言ってくれて、本当に陽平くんは優しいです」
……退屈?
星宮さんのことをそう認識したことはないのだが、彼女は意外と自分のことをそう思っているのだろうか。
だとしたら、そんなことないよと否定したかったところだが。
「それでは、もう行きますね! あまりお姉ちゃんを待たせるのは悪いし、心配なので……陽平くん、バイバーイ」
最後に手を振って、星宮さんは慌しく教室を出て行った。
星宮さんは退屈な人なんかじゃないと言いたかったけど……それはまた、次の機会にしておこう。
まぁ、次の機会があるかどうかは、ちょっと自信がないけれど。
「うん。ばいば……い」
俺も手を振り返したものの、そのころにはすでに彼女はいなくなっていて……教室には、俺一人だけが残されていた。
……静かだ。
一人ぼっちの教室では音が発生しない。外部からは吹奏楽部の楽器や運動部のかけ声などの音が聞こえるものの、それだけである。
先ほどまでは聞こえなかったのに……それくらい、星宮さんとの会話に夢中だったということか。
「――夢みたいな時間だったなぁ」
あの星宮ひめと、あんなに楽しく会話できたことをすごく光栄に思う。
もしかして、俺は彼女と『友達』になれたのだろうか……そう考えしまうことにすら躊躇いを感じるほど、星宮さんは特別な存在だ。
でも、また明日と言ってくれたのだ。
できれば、こうやって会話を……とまではいかなくてもいいから、挨拶くらいはしてもいいだろうか。朝、教室で見かけたら声をかけてみようかなぁ。
……などと考えながら、俺も席を立つ。
いつの間にか気分の悪さもなくなっていて、体もすごく軽かった。
なんだか久しぶりに、幸せな時間を過ごせた気がする。
ゲームでランクが上がるよりも、ハイスコアを出せた時よりも、好きなキャラの限定衣装を引き当てた時よりも、何よりも心が弾んだ。
モブAである俺にとって、彼女との会話はそれくらい特別なイベントだったのである。
たとえば、今日の出来事がただの星宮さんの気まぐれで、明日から無視されたとしても……俺がそれを恨むことはないだろう。むしろ、そうされることがモブAにとっては普通なのである。
だから、この一瞬を噛みしめた。
もう二度と、こんな日が来ないと思って――
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