第五話 瞬間記憶

「――俗にいう『瞬間記憶』というものですね。一度見聞きしたものはだいたい覚えることができます」


「創作では聞いたことあるけど、実際にそんな人とはうのは初めてだなぁ……なんか光栄に感じてきた」


「えへへ。そんなにかしこまらないでください、照れちゃいますから……とはいえ、良いことばかりというわけでもありませんよ?」


 放課後の教室で、あの星宮ひめと会話が続いている。

 そんな奇跡みたいな状況に感動している一方で、気を遣わせてしまっているのでは?という疑問も生まれてきたこの頃。


 星宮さんのおかげか分からないけど気分も落ち着いてきたので、今なら元気に歩けそうだ。会話はすごく楽しいのだが、この話題を最後にそろそろ帰ろうかな。


 そんなことを思いながら、星宮さんの言葉に耳を傾ける。

 瞬間記憶というすごい能力を持っているらしいけど、どうやら良いことばかりでもないようで。


「まず、情報量の多いコンテンツはあまり得意ではないです。テレビやインターネットは特に苦手で……長時間見ていると、色々な情報が頭に流れ込んできて気分が悪くなってきます」


「……そうなんだ」


 だから星宮さんは、世間のことをよく分かっていないのか。

 コンビニのことも、タケノコのお菓子のことも、ネットやテレビを見ていればいずれどこかで見かけるはずだ。しかしそれを知らないのは、彼女がメディアを見ないからだったのか。


「まぁ、身の回りの世話は使用人がやってくれるので、不便はないですよ? ただ、ちょっと世の中のことで知らないことが多くて……それで、陽平くんにお願いがあるのですが」


「お願い?」


 正直、なんでもオッケーという気持ちではあるものの、星宮さんの意図が知りたくて話を最後まで聞かせてもらうことにした。


 彼女ほどの人間が、俺なんかに何を頼むのだろう?


「その……ご迷惑でなければ、わたしに色々なことを教えてくれませんか? お菓子のこととか、コンビニのことはもちろん、そのほかにも常識的なことを知りたいです」


 星宮さんが望んでいたのは『一般知識』だった。

 浮世離れして天才であるが故に、そういった知識に疎いのも無理がないのかもしれない。


 自他ともに認める平凡人間である俺にとって、それは負担に感じるほどでもない簡単なことだった。


「もちろんいいよ。知らないことがあったら何でも聞いて」


「――いいんですか!? わぁ、嬉しいです♪ 陽平くんにお願いして良かった……ありがとうございますっ」


 頷くと、彼女は真ん丸のおめめをキラキラ輝かせた。

 俺が思っている以上に、喜んでくれている。そのおかげで俺までなんか嬉しかった。


 こんなすごい存在に頼られたのである。平凡なモブAが悦びを感じないわけがないだろう。自己肯定感があふれてくるような感覚だ。


「それでは、早速……あの、先ほど食べた食べ物と同じ種類のものってまだまだあるのでしょうかっ? わたし、それがずっと気になってて……!」


「うん。実はタケノコの他に、キノコの形状をしたお菓子もあるんだ」


「キノコ!? そ、それはまた斬新な形状ですね……味はどう違うのでしょうか?」


「さっき食べたタケノコはクッキー生地だけど、キノコはクラッカーが使われていて、味や触感が違って面白いよ」


「……だ、ダメですっ。そんなこと言われたら、すごくよだれがでてきますっ」


「明日持ってこようか?」


「――ぜひ! ぜひぜひ、お願いしますっ。やったぁ♪ ありがとうございます!」


 それからもしばらく、俺は色々と質問攻めにされた。

 色々なことを知って、驚き、喜ぶ星宮さんを見ているのは、すごく楽しかった――。




//あとがき//

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