第六話 一度言われたことは忘れませんからね?
さて、と。
星宮さんとの会話はとても楽しいのだが……そろそろ帰った方がいいのかなと、思い始めてきた。
星宮さんは読書の途中だったみたいだし、俺が隣にいると集中できないのだと思う。姉の星宮聖さんも、さすがにそろそろ生徒会の仕事が終わるころだろう……それから何より、星宮さんの時間を独占するのは気が引ける。
俺なんかに対応する時間より有意義なことなんて、星宮さんにはたくさんあるだろう。
そういうわけなので、いい感じに話が途切れたタイミングで帰宅を切り出した。
「あ、時間も遅くなってきたしそろそろ帰ろうかな。今日はありがとう、オシャベリできて楽しかったよ」
そう言って、席を立つ。
星宮さんも『分かりました。さようなら』と言ってくれる……かな? さすがに仲良く会話できていたし、別れの挨拶くらいしてくれると、そう期待していたのだが。
「――え? か、帰っちゃうのですか!?」
彼女の反応は、なんというか……期待以上だった。
「そんな、急に帰るだなんて寂しいです……わたし、めんどくさかったでしょうか? ごめんなさい、つい楽しくていろいろ質問攻めにしちゃいました」
まさかこんなに、名残惜しそうにされるとは思ってなかった!
星宮さんはすごく悲しそうだ。シュンと俯きながらも、上目遣いで俺を見ている。しかもその小さな手は、行かないでほしいと言わんばかりに俺の洋服をつまんでいて……そんなことされたら、帰れるわけがなかった。
「いやいや! そういうわけじゃないよ!?」
「ほ、本当ですか? わたし、陽平くんに嫌われていませんか?」
「もちろんっ。嫌いになんてなるわけがないからっ」
そんなこと有り得ない。
俺なんかのことを認識して、頼ってくれて、しかもこんなに帰りを寂しがってくれる相手を嫌いになるなんて、どんなクズ野郎でも絶対に不可能だと思う。
そ、想像よりもかなり慕ってくれているのだろうか。
だとしたら、俺の認識が間違えていた。星宮さんの俺に対する認識がもっとドライでフラットだと思っていたので、あまり深入りしないよう変に気を遣ったのが悪かったのだろう。
「初めてのオシャベリなのに、慣れ慣れしくしすぎましたから……めんどくさく思われてないか、とても心配で」
「めんどくさいなんて、一瞬思ったことないよ! えっと、その――」
正直、俺はすごく慌てていた。
星宮さんの好意を裏切った気がして、罪悪感も強かった。
だから、どうにか挽回したくて……ついつい、心の言葉をそのまま口に出してしまったのである。
「――星宮さんがめんどくさいなんてありえない。だって、妹にしたいと思ってるくらい可愛いから!」
……言った後で、我に返った。
俺、何を言っているのだろう?
初めて会話した幼い子を前に『妹にしたい』って、ドン引きである。
言われた本人だって困惑するに決まってる。『そんなこと言われても困ります』と、星宮さんは言う――と俺が思っていることは、やはり間違えだったようで。
俺どうやら、過小評価しているのだ。
「……ひゃぁっ。そ、そんないきなり、妹にしたいだなんて――プロポーズじゃないですか! え、えっと、なるほど……分かりました。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
俺自身の評価も。
それから、星宮さんの俺に対する好意も過小評価している。
だからいつも驚かされる。
星宮さんが喜びのあまり飛び跳ねていて、俺はその姿に呆然としていた。
(こ、こんなに好かれてるなんて、分かるわけないだろ!)
俺だからこそ、星宮さんの気持ちなんてわかるわけがない。
平凡な俺にとって、俺なんて好きになる価値のない凡夫だ。ましてや、星宮さんのような天才が好意的に思う要素なんて微塵もないはずである。
「えへへ~♪ わたし、一度聞いたことは忘れませんからね? やった、陽平くんがお兄ちゃんに……!」
だが、彼女は俺の考えが及ばない天才だ。
どうやら俺には想像もできない理由があって、俺のことを気に入って、しかも好意的に思ってくれているようだった――。
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