第一話 意外とチョロい天才幼女ちゃん

 どうして俺のようなモブAが、星宮ひめという天才幼女に気に入られたのか。

 その理由を語るために、時間を少しだけ戻そう。


 昨日の放課後のことである。

 五月上旬。高校二年生になって一ヵ月が経った頃のこと――。





 ゴールデンウィーク明け。少し長い休暇を過ごしたせいか、この日はとても体がだるかった。


(くっ……やっぱり徹夜でゲームはまずかったなぁ)


 休みということで調子に乗りすぎた。ハマっているFPSゲームに熱が入りすぎて、ついつい睡眠を怠ってしまったのである。具体的に言うと二徹くらいした。シーズン終了間際だからランク戦で忙しくて……という言い訳はさておき。


 そのせいで今、とてつもなく体が重い。ずっと頭がぼーっとしていて、授業が終わってもなかなか席から立ち上がれずにいた。


 机にしばらく伏せて、回復するのを待つ。それでもなかなか体調が良くならない……それからふと顔を上げて周囲を見渡すと、クラスメイトのほとんどが教室からいなくなっていた。


(俺一人だけ……じゃ、ない?)


 音が何も聞こえないので、一瞬一人きりになったのかと思ったのだが。

 しかし、すぐ隣の席に彼女がちょこんと座っていた。


(星宮ひめ……本に集中してるのか)


 色素の薄い透明な髪の毛が綺麗な少女。深紅の瞳は分厚い英字の書物に向けられている。かなり集中しているようで、その横顔を俺が見ていることにも気付いていないようだ。


 彼女のことはクラスメイトなのでよく知っている。年齢が八歳ということも、天才で飛び級していることも、違うクラスに美少女で巨乳の姉がいることも。そして……他人に興味がなくて誰とも関わろうとしないことも、当然知っていた。


 別に、だからといって彼女に何かしらの感情を抱いているということはない。仲良くなりたいとかはもちろん、逆に彼女に苦手意識があるとか、そういうこともまったくない。


 俺にとって彼女は、テレビで見る芸能人のような現実感のない存在なのである。


 星宮さんは、俺のような平凡な人間とは違う世界で生きる人間だ。


 彼女のような人間こそ『特別』に分類されるのだろう。

 嫉妬はおろか、憧憬や羨望といった感情を抱くことすら、おこがましい。


 俺のような人間とはそもそも縁がないのである。

 だから気にすることもなく、かといって読書の邪魔をしないよう、静かに帰りたいところだが……寝不足のせいでまだ気分が悪かった。


(そういえば、朝に買ったお菓子が残ってたような……)


 食欲がない中、せめて糖分だけでも補給しようと思ってコンビニで購入したチョコレート菓子。タケノコとキノコでよく戦争しているあれだ。俺は断然、タケノコ派である。好物のこれなら、食べられると思ったが……結局、数個食べて吐きそうになったので、まだまだ多数残っていた。


(この時期だし、もう溶けてるかな? うーん、でも……昼も食べてないし、さすがに何か食べておくか)


 たぶん、ずっと気分が悪いのはまともに食事していないせいもあるだろう。何か口に入れた方が体力も回復してくれると思って、俺は鞄からお菓子を取り出した。


(星宮さんの邪魔をしないように……と)


 なるべく静かに、物音を立てないように気を付けてお菓子を手に取る。袋の中を見てみると、案の定少しだけ溶けていた……冷房の効いた室内にいたとはいえ、これは仕方ない。指にチョコが付着するだろうけど、この程度なら後で洗えば大丈夫そうなのでいいや。


 そういうわけで、早速一つだけ口に入れてみる。

 サクッとした触感とチョコレートの味がマッチしていて美味しい……のだが、やっぱりちょっと食欲がない。たくさん食べると吐きそうだから、あと数個だけ口に入れて様子を見てみようかな?


 と、そんなことを考えながら二個目を口に入れた……その時だった。


(…………ん?)


 ふと、視線を感じた。

 隣から見られて異様な気がして、なんとなくそちらを見てみると……星宮さんが、こちらを凝視していた。


「…………」


 深紅の瞳が、俺を見ている。

 ……いや、違う。正確には――俺が持つお菓子をジッと見つめていた。


(もしかして……食べたいのか?)


 星宮ひめは無口な少女である。雰囲気も気品があるというか、どこか高貴でお淑やかなので……甘いものと言えば、ケーキとか高級洋菓子とかしか食べなさそうだけど、意外と市販のお菓子にも興味があるのだろうか。


「…………えっと」


「…………」


 さて、どうしよう。

 気まずくて無意識に声を発したのだが、星宮さんはそれにも無反応である。


 ただただ、お菓子を見つめているだけだ。

 もしかして欲しいわけじゃないのか? 判断がつかなくて、試しにもう一つ俺が食べてみると……星宮さんは露骨に、悲しそうな顔をした。


「ぁっ」


 今度はお菓子を咀嚼する俺の口元を見つめてみる。無意識だろうけど、彼女の人差し指は本のページではなく、唇に触れていた。明らかに物欲しそうな表情である。


 た、たぶん、お菓子を欲しがっている……よな?


「……食べる?」


 恐る恐る、ではあるものの。

 タケノコの形をしたチョコレート菓子を一つつまんで、星宮さんに差し出してみる。


「……っ!」


 すると、彼女は勢いよく首を縦に振って、俺からお菓子を受け取ると……ノータイムで口に放り込んだ。


 それから、数回ほど咀嚼して――その瞬間、彼女の無表情がふにゃっと崩れた。


「あ、あみゃい……!」


 幸せそうな顔で味を堪能している。

 どうやらお気に召したようなのである。


 てっきり……お菓子になんて興味がない、浮世離れしている少女だと思っていたけれど。

 実は意外と、年相応な面もあるのかもしれない。


 お菓子を食べて嬉しそうな顔をしている星宮さんは、なんというか……とてもかわいかった――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る