誰にも懐かない飛び級天才幼女が、俺にだけ甘えてくる理由

八神鏡@幼女書籍化&『霜月さんはモブが好

プロローグ 同級生の天才幼女が俺にだけデレデレなんだが

 うちのクラスには幼女がいる。

 名前は星宮ひめ。長くて綺麗な白髪と、血のように赤い瞳が印象的な八歳の幼女だ。


 見た目が幼いだけで本当は高校生、というわけじゃない。

 れっきとした八歳であり、本来であれば小学二年生くらいの年齢だ。それなのに彼女は、俺の通う高校二年の教室に通っている。


 なぜそんなことになっているのかというと、星宮ひめは飛び級している『天才幼女』なのだ。


 彼女はとにかく異質だ。

 愛くるしくて幼い見た目に反して、その頭脳は誰よりも賢い。態度も落ち着いていて、八歳には思えないほどに大人びており、だからこそ……近寄りがたかい。


 ――昨日まで、俺もそう思っていたのだが。


「ほ、星宮さん、おはよう」


「……どうも」


 朝の教室で、登校してきた星宮さんにクラスメイトが挨拶の言葉を投げかけた。

 しかし星宮さんは無表情で頷くだけで、視線を返すこともなく自分の席にまっすぐ歩いてくる。


 それからいつも通り、俺の隣にある星宮さんの席に座って……無言で本を読み始めた。


 学校にいる間、彼女は基本的にこうやって読書をして時間を過ごしている。分厚い英語の書物で、一目見ただけでも難しそうだ。


 ――邪魔をしてはいけない。


 彼女の頭脳には日本の……いや、世界の未来を変える可能性が詰まっている。だから、なるべく星宮さんが集中できるように教室でも騒がないのが、我がクラスの暗黙のルール。


 だから俺も、黙っていたわけだが。


「……陽平くん、どうして何も言ってくれないのですか?」


 なんと、彼女の方から俺に話しかけてきた。


「昨日はあんなにオシャベリしたのにっ」


 しかも、星宮さんは拗ねたようにほっぺたを膨らませている。

 普段は無表情なのに、俺にだけは年相応の幼女らしく、愛らしい表情を見せていた。


「えっと、読書の邪魔はしない方がいいかなって……」


「え? 陽平くん、そんな気遣いができるなんて素敵ですっ。ごめんなさい、わたしが勘違いしちゃいました。てっきり無視されてるのかと」


「無視なんてするわけないよ」


「本当ですか!? わぁっ、うれしいです……!」


 俺の言葉に、星宮さんはふてくされた表情を一変させる。

 安堵したように息をついて、それからふにゃっとした笑顔を浮かべた。


「じゃあ明日から本を持ってこないので、話しかけてもらってもいいですかっ? わたし、話しかけるのが苦手なので、できれば陽平くんから気軽に声をかけてほしいのですが」


「い、いや。邪魔するのは悪いと言うか……俺なんかとの話より読書してた方が有意義な時間だと思うけど」


「陽平くんとのオシャベリより有意義な時間なんてこの世界に存在しませんっ。むしろ本の方が邪魔です」


 そう言って星宮さんは、本を机の中にしまった。それから席を立って俺のところに歩み寄ってきたかと思えば、そのままひざの上に座ってきた。


「そういうことなので、陽平くんとオシャベリの時間にします」


「ほ、星宮さん……目立ってる! みんな見てるからっ」


 ただでさえ、彼女が口を開いている姿は稀である。

 先ほどからクラスメイトの視線が集まっていたというのに、更に俺のひざに座ったものだから……一気に騒々しくなってきた。


「お、おい! 星宮さんが会話してるぞ!?」


「しかもあんなモブみたいなやつと話してる!」


「くそっ。モブのくせに……俺の膝の上にも座ってほしいっ」


 おい、モブって言いすぎだぞ。確かにモブみたいな人間だという自覚はあるけど! あと、最後のやつ誰だ。お前は絶対に星宮さんに近づかせないからな!


 ……と、俺はクラスメイトが気になるのだが。

 しかしながら、星宮さんは周囲の視線なんて何も気にしていないようで。


「そういえば……どうしてわたしのこと、苗字で呼ぶのですか? 星宮じゃないです。わたしにはちゃんと『ひめ』って名前があるんですよ? 名前で呼んでください。陽平くんは年上なのにそれくらいもできないのですか?」


 むしろ、呼ばれ方を気にしているみたいだった。


「というか、陽平くんは聖お姉ちゃんと結婚するのですから、ちゃんと区別するためにも名前で呼ぶ練習をしておいた方がいいと思いますっ」


 そうなんだよなぁ。

 俺、なぜかこの子に気に入られているようで……姉との結婚を強く勧められているのだ。


「お姉ちゃんとは苗字だって同じになりますからね。あと、わたしはこれで義妹になれます♪ その日が楽しみで仕方ないです」


「気が早い! というか、星宮さんの姉と結婚することも決まってないからっ」


「違います。星宮じゃないです。名前で呼んでくれないなら、このまま授業を受けますからね?」


 そう言って、星宮さんは俺を背もたれに深く座り込んできた。動かないぞ、という意思表示なのだろうか……ぷにぷにした体が押し付けられて、ちょっと困った。


 嫌じゃないけど、やっぱりみんなに見られるので恥ずかしい。

 なので、女子の名前を呼び捨てにするのは恥ずかしいが……彼女は幼いのでまだマシか。意を決して、下の名前で呼ぶことにした。


「こほんっ……ひめ。これでいいか?」


「……えへへっ♪ 陽平くんに呼び捨てにされてしまいましたっ。これはもう、責任をとってもらって義妹になるしかないようです」


「なんでそうなるんだろう」


「あ、でもおひざの上は居心地がいいので、今日はここで授業を受けますね」


「話が違うなぁ」


 ……どうしてこんなことになっているのだろう!?

 昨日までは、それこそ男子高校生のモブAみたいな平凡な学校生活を送っていたというのに。


 放課後、彼女とオシャベリをしてから……俺の人生は、大きく変わったようだ――。

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