第12話【初めてのお茶会】1

「それじゃあ、今日はご協力ありがとう。新たな発見があったり君たちの役に立ちそうな実験がありそうならまた協力をお願いするよ」

「できれば危ないこと以外でお願いしますね」


 アレクシスは「ははっ」と笑いながら手を振り研究所へ戻って行った。エヴァとクライムは彼の後ろ姿を見送った後、エイブラハムが手配した安全なホテルで合流するため馬車を停めている城外へと向かった。

 

 ちら、と少し後ろを歩くクライムをうかがう。彼は相変わらずの無表情で、何を考えているのかエヴァにはさっぱりわからない。先程のクライムとアレクシスの会話で彼が昨日過去の記憶を一時的に思い出したことを知り、それについて訊いてもいいものか迷う。

 

(私に似た……吸血鬼ハンターだった女性……か)


 彼女とは恋人だったの? 大切な人? それとも今の私のように護衛をしていたの?

 好きだったから――私を彼女だと思ってキスをしたの……?


 嫌な気持ちがぐるぐる巡る。この正直な気持ちを彼に訊いたところで、エヴァの望む答えが得られるだろうか。

 記憶が未だ曖昧なままのクライムに――。


「エヴァ・ブラックフォード伯爵令嬢でしょうか?」


 鬱々とした気持ちのまま歩いていたので驚き顔を上げると、そこには輝く空色の髪にシンプルな白いデイドレス、猫のような大きなグレーの瞳の愛らしい可憐な美少女がいた。


「え、と……」


 見知らぬ美少女に呼び止められたため戸惑っていると、彼女はニッコリと美しい笑顔で優雅にカーテシーをした。


「失礼いたしました。わたくしアイリーン・ゴスと申します。父はデリック・ゴス伯爵で、わたくしも貴女と同じく伯爵令嬢ですわ。どうぞお見知りおきを」

「は、はい。ははは初めまして……」


 頭に疑問符が浮いたまま反射的にこちらもカーテシーをする。


(なんでこんな美少女が私に……?)

 

 ドキドキしながらアイリーンを見つめると、その視線はエヴァではなく後ろのクライムに向けられているようだった。

 彼女はくすりと笑い、すぐにエヴァに視線を戻した。


「実はこちらの研究施設に本日貴女がいらっしゃると噂で聞きまして。同年代で同じ爵位の父を持つ令嬢として是非お友達になりたいと思いましたの。ご迷惑でしたか?」

「あ……いえ、そんなことは……。ただ、お友達になりたいと言って頂いたのは初めてのことで驚いてしまって……噂になっているのも」

「無理もございませんわ。貴女の存在は吸血鬼界隈や一部の貴族間では未だに有名ですが、一般には貴女の特質を知る者はそう多くないでしょう。今回は研究所の魔術師たちが浮足立っていたのを偶然耳にしたのですわ」


(私のこの特質、呪いまで知っていて友達になりたいと……?)

 

 見たところ昼間に出歩いているしクライムもいつもより警戒する様子がないので、ただの人間なのだろう。しかし吸血鬼を惹き寄せる呪いを知っていて友達になろうだんなんて少々怪しい気がしてきた。アレクシスという前科があるから余計警戒してしまうのだが。


「そ、そうでしたか……。でもお友達って……とても嬉しい申し出なのですが、私……凄く人見知りなので上手く話せるかどうか……」

「ふふ、どうぞ気軽になさって。わたくし、以前から貴女のことをもっと知りたいと思っておりましたのよ。美しく強い騎士を従えていらっしゃるのも羨ましいですし、同じ女同士、恋のお話などに花を咲かせましょう」

「こ、恋のお話!?」


 ビックリして思わず大きな声を出してしまった。無意識にクライムに目を向けようとしたが、その行動で気持ちがバレる可能性があり踏みとどまる。

 アイリーンはそんなエヴァを楽しそうに眺め、すっと封筒を差し出した。


「来週ゴス家のマナーハウスでお茶会を催そうと思いますの。王都からそれほど遠くありませんので是非いらして下さいませ。こちらはその招待状ですわ」

「お、お茶会……?」

「ええ。わたくしと貴女だけの。そうすればあまり緊張なさらないでしょう? それからうちの護衛だけじゃ不安でしょうし、後ろの騎士様も是非ご一緒にいらして下さいね」


 そこまで言われてしまったら断りづらい。少し困ったような顔でクライムの顔を見たら、「お嬢様に従います」とだけ言われた。


「……あ、ありがとうございます。では父に確認して外出の許可が下りましたら是非参加させて頂きますね」

「ええ。楽しみにしておりますわ!」


 アイリーンは嬉しそうに微笑んだ。特に怪しいところはなさそうだが、なんとなく不安が拭えないのでぎこちない笑顔で応えた。


 

 

◆ ◆ ◆




 お茶会当日。エイブラハムから【夕方までに必ず戻ること】、【クライムと騎士数名を護衛につけること】を条件に許可がおりたため早めに向かい、お昼前には到着した。


「ようこそおいでくださいましたエヴァ様。さ、こちらへどうぞ」

「あ、ありがとうございます。アイリーン様」

 

 アイリーン自ら出迎えてくれ、綺麗な庭がよく見える広いバルコニーへと案内される。事前に言っていたとおり招待客はエヴァのみで、これ以上緊張する心配がなくて少しだけホッとした。

 テーブルには花の飾りと共に色とりどりの菓子や軽食が並んでおり、どれも可愛らしくて思わずわぁ、と感動の声をもらす。


(お茶会に呼ばれるなんて初めてのことだから緊張したけど、ちょっとしたパーティーみたいでワクワクするわね)


 エヴァはお土産としてシェフに作ってもらったレモンパイを渡し、ゴス家の従僕に引いてもらった椅子に座った。


「エヴァ様の騎士様もどうぞこちらにお座りください」


 アイリーンはそう言ってエヴァの隣の椅子を指し従僕に椅子を引かせる。

 

「いえ、私は結構です」

「まぁそうおっしゃらずに。わたくしは是非貴方も一緒に楽しんで頂きたいのです」

「仕事ですので」

「エヴァ様のお傍に居る方が守りやすいのでは? それに貴方にも聞きたいことがたくさんありますの」

「……しかし……」


 クライムは困惑した顔でエヴァを見つめる。普通なら主人と同席するなどありえないのでどうすればいいのか指示を仰いでいるらしい。エヴァもアイリーンがクライムを同席させたがるのを不思議に思ったが、招待された手前無下にはできないと思い許可した。

 渋々隣に座ったクライムはエヴァにだけ聞こえるように「申し訳ありません」と謝ったので、笑顔で「いいのよ」と伝える。

 

 あれからクライムとは二人きりになることも話す機会もなくこの日を迎えた。

 クライムが自分のことをどう思っているのかも気になるが、今日はこれから初めてのお茶会なので不安な気持ちを消すように首を振り、前に座るアイリーンに集中した。


「さて、役者も揃いましたし早速始めましょう。メイドにお茶を淹れさせますのでお好きな物を召し上がって」

「は、はい。ありがとうございます」


 緊張しているので正直どれも食べられるか分からなかったが、アイリーンがお茶の産地や今日のために焼いた菓子と軽食についてあれこれ説明してくれたおかげで、エヴァは多少緊張が取れ、気付いたら結構しっかりと楽しんでいた。

 

(お茶会って美味しくて他愛ない話をする感じなのかしら……。意外と楽しいと思えるのもアイリーン様の話術のおかげね)


 他愛ない会話で緊張をほぐしたアイリーンにすっかり気を良くしたエヴァは、ぎこちなかった笑顔も引っ込みつられて笑い合う。クライムは終始相槌を打つだけだったが、エヴァが楽しそうにしていたので当初よりも穏やかにそれを見守っていた。


 ふぅ、と落ち着いたタイミングでアイリーンは静かにカップを置き、「ところで……」と唐突に話題を変えた。


「吸血鬼に狙われるって、どんな気持ちなんですの?」


 瞬間、先程までの和やかな雰囲気が一変し緊張が走る。

 何故今その話を? と疑問が湧き戸惑いが隠せない。アイリーンは気にせず微笑み続ける。


「あら、変なことを訊いたかしら? 別に他意はありませんのよ。貴女の特質を知っているからこそ疑問に思ったのですわ」

「…………凄く、嫌に決まってます。私のせいで周りの人間が犠牲になる可能性があるので……」


 絞り出すように答えた言葉に、全く共感出来ないのかぱちくりと目を瞬かせるアイリーン。


「でも逆に考えると世界一魅力的ということですわよね? 世界中の吸血鬼を虜に出来る。それってとても素晴らしいことじゃありませんこと?」


(吸血鬼にとって魅力的で、虜に……ですって?)


 その言葉に酷く眩暈がした。この女性は一体何を言っているのだろう。全く理解ができない。

 エヴァは不快感を隠せずに眉間にシワを寄せアイリーンを軽く睨んだ。


「おっしゃる意味がわかりませんし、少なくとも私の血にそのような力はありません。……アイリーン様は吸血鬼が嫌いではないのですか?」

「……実はわたくし、好きなんですの」


 驚いて目を見開く。吸血鬼が好きだなんて言う人間にエヴァは初めて会った。


「ふふ、驚くのも無理はありませんわ。ですが王都では友好的な方が多いのですよ。共存協定のおかげで王都を守って下さいますし、わたくしの血は吸血鬼の貴族の方々から人気なんですの。でも……――エヴァ様の血には敵わないのかしら……」

「!」

 

 すっと目を細め意味深にクライムに微笑みかける。

 嫌な予感がしてエヴァは思わずクライムを振り返った。彼は表情を変えず相変わらず何の感情も読み取れない。


(まさか……気付いている?)


 冷や汗を感じながら再びアイリーンに目線を戻すと、彼女もまたエヴァを見つめていた。その顔は先程までの可憐な美少女というより妖艶な美女といった雰囲気で、何もかもを見透かしたような表情に気圧される。


「貴女だって吸血鬼、本当はお好きでしょう?」

「な、なにを…………」

「だって」


 つかつかとクライムの傍まで近寄ったかと思うと、彼の顎をついっと人差し指で持ち上げた。


「ダンピールなのでしょう? 彼」

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