第12話【初めてのお茶会】2
「ダンピールなのでしょう? 彼」
瞬間、エヴァはさぁっと青ざめる。
(どうして。何故わかったの)
「急にごめんなさいね、人には言わないほうがいいと思って。だからこうしてお茶会も貴女たちだけ招待しましたの」
くすくすと笑いながらクライムから離れ席に着いたアイリーンは、申し訳ないなどと微塵も思っていなさそうに優雅にお茶を飲む。
エヴァは最早疑問を口にすることも出来ないほど動揺した。
(なんで……どうして?)
ぐるぐる思考が回る。クライムがダンピールだとバレたらマズいのではないかと恐怖でいっぱいになり眩暈がした。
「……なぜ私がダンピールだと?」
表情は変わらないが、ずっと無言だったクライムがようやく口を開く。心なしかアイリーンを見る目が刺すように冷たいが、彼女は気にした様子もなく答えた。
「わたくしの友人に……似ているのですわ。まとう雰囲気が」
その言葉にピクリと反応する二人。
「貴方は
「…………」
彼女の言っていることが真実かはわからないが、クライムがダンピールであると言い当てられたことには変わりないのでエヴァの動揺は益々深くなった。
バクバクと鳴り響く心臓。これ以上クライムがダンピールだと知られてはいけないという恐怖で冷や汗が止まらない。
(だってもし……クライムが討伐対象になってしまったら。彼がただの吸血鬼だと誤解されでもしたらっ……)
「ち、違うのっ……! クライムは……ダンピールじゃ……吸血鬼じゃないから」
「エヴァ様?」
青い顔をしたエヴァの異変を感じたクライムは、すぐに駆け寄り倒れそうになる身体を支えた。息を切らしながら今にも意識を手放そうとしているエヴァは小さな声で必死に懇願する。
「クライムは……悪い吸血鬼じゃ、悪いダンピールなんかじゃない……の……」
一気に暗闇が押し寄せると、そこでエヴァの意識が途切れた。
◆ ◆ ◆
ベッドで眠るエヴァを静かに見つめながらそっと溜息をつく。
クライムは先程のエヴァの動揺の意味を考えていた。
自分の存在が公のものになれば、エイブラハムの聖騎士団団長としての立場が危ぶまれる可能性がある。吸血鬼を討伐する任に就いているのにも関わらず吸血鬼を飼っていることになるのだ。批判は免れないだろう。
そもそも以前エイブラハムも言っていたがダンピールという存在自体が珍しく、そういうものが存在すると受け入れられるのかも甚だ疑問だった。
人間からも、吸血鬼からも忌み嫌われるべき存在。
(そんな自分が……エヴァ様を求めていい訳がない……)
もう何度も繰り返してきた自問自答。
その度にエヴァに救われるが、自分の記憶もあやふやな状態では自信を持ってこの先もエヴァを襲わないと言い切れなかった。
アイリーンが言っていたとおり、自分の本質は獰猛な吸血鬼。いつ本能のままエヴァを――――。
コンコン、とノックする音が部屋に鳴り響く。
「クライム様、今少しよろしいですか?」
アイリーンの声が扉の向こうから問いかけているので、クライムは静かに立ち上がり部屋を後にした。
「エヴァ様のご容態は?」
「呼吸も脈も安定しているそうです。少し寝れば目覚めると。ベッドを貸して頂いただけでなく医者の手配まで……感謝します」
「お気になさらないで。まだ昼間ですし、ゆっくりして下さって構いませんわ」
「ありがとうございます」
相変わらず淡々と話すクライムにくす、と笑うアイリーン。どうやら目の前の騎士はエヴァのことでなければ表情が変わらないらしく、益々アイリーンの興味を惹きつけた。
「エヴァ様がお休みになられている間、隣の客室へどうぞ。あの方のことで少々話したいこともございますし」
「……わかりました」
整えられた豪華な客間へ案内するとメイドが茶を運んでセットしてくれたので、アイリーンはクライムに進めてから自らも口にする。彼は全く手を付けようとしない。エヴァが倒れたことによりどうやら警戒されているようだ。
(なんて察しの良いお方……)
アイリーンは気にせず微笑むと、メイドや従僕たちを下がらせ部屋にクライムと二人きりの状況をつくった。
そう、彼女はこの時をずっと待っていたのだ。
「それで……エヴァ様のことで話しとは?」
目の前の美しい金色がアイリーンを刺すように見る。まるでエヴァが倒れたのはお前のせいだとでも言うようで、合っているだけに思わず笑みを深くした。
もちろん身体に害がない少量の睡眠薬しか盛っていないので、何ごともなく直に目覚めるだろう。
アイリーンは知らぬふりをしたまま当初の予定どおり話しを進める。
「エヴァ様の血は、そんなに美味しいのですか?」
クライムは一瞬だけ眉間にシワを寄せた。
彼は質問に答えず無言を貫くので、アイリーンは傍にある小さなナイフを手に取り躊躇なく腕を斬り刻んだ。そこからみるみるうちに血が溢れボタボタと机を穢し、ふわっと血の香りが漂う。
しかしクライムは冷めた目で見下ろすだけ。
業を煮やしたアイリーンは、ずいっと腕を差し出し詰め寄った。
「わたくしの血を飲んで。絶対にわたくしのほうが美味しいわ」
「……跡が残ってしまわれます。早く手当てを」
吸血鬼にとって魅力的とも言えるその泉を、目の色も変わらず無表情で淡々と返すクライムにイライラし始めるアイリーン。
「貴方、本当にダンピールなんですの? この血が欲しくないんですの?」
「お話しがそれだけでしたら私は失礼します」
「ま、待ちなさい!」
椅子から立ち上がったクライムに慌てて縋りつこうとするも、触れることすら出来ず。焦ったアイリーンは部屋を出て行こうとする彼の背に必死に叫んだ。
「同じダンピールでも”彼”とは全然違うのですね!」
その言葉にピクリと反応し、クライムはゆっくり振り返る。
「いつもわたくしを指名するダンピールの貴族がおりますの。わたくしの血こそが世界で一番美味しいと褒めてくださいますのよ。あの子ではなくわたくしの血こそ一番なのですわ!」
「……ダンピールという存在を貴女は最初からご存知のようでしたね。……”彼”とは誰のことですか?」
「わたくしの血を飲んで、エヴァ様よりも美味しいと認めたら教えて差し上げますわ」
「…………――なるほど」
静かに近づいてくる彼に胸が躍る。美しい金色の瞳が見つめる先はアイリーンだけ。エヴァではない。
(そうよ、もっとわたくしを見て。わたくしを求めなさい)
アイリーンは吸血鬼たちが自分の血に溺れるのが好きだった。自分の血をもてはやし大切に扱ってくれる。例えそれが餌扱いだとしても、その時は自分が吸血鬼を支配していると思えるのだ。
どんなに偉い吸血鬼の貴族でもアイリーンの血を前にすれば縋りつき求める。彼女にとってそれは誰にも譲れない唯一の
しかし数日前、突如として覆された。
吸血鬼を実質的に支配しているダンピールである”彼”から言われた言葉。
『やはりブラックフォードの娘の血以外ではデザートになってしまうな……。メインディッシュには遠く及ばないか……』
頭が真っ白になった。これまで甘い言葉で誤魔化されていたという事実が重くのしかかる。彼女の血を前にすれば全ての吸血鬼の気が狂うという。それほどまでの香しい血。
(認めない。絶対に認めませんわ。わたくしこそが一番なのですわ)
既にエヴァの血を口にしたであろう同じダンピールだというクライムに、アイリーンの血のほうが美味いと言わせることが出来れば。自分こそが一番であると認められる。
そう期待をしながら胸を高鳴らせていると、目の前まで来たクライムに無表情で見下ろされていた。
「さぁ、わたくしの血を……」
彼は冷たい金色の瞳でアイリーンにゆっくり詰め寄ると、乱暴に顎を掴み首をさらけ出させた。
「!」
少し痛かったが、ついに彼もアイリーンの血を前に興奮しているのだと勘違いして期待に胸が膨らむ。しかし一向に首に食らいつく気配がない。
すると低くよく通る声が、静かに耳元で囁いた。
「……吸血鬼は所詮、人間を餌としか見ていない。信用しているといずれ痛い目に合うだろう」
「っっ!」
その冷たい瞳は最後まで金色だった。決して赤い本能に支配されることがない、美しい金色のまま――。
クライムは興味が失せ手を離すと、今度こそ振り返らずに部屋を出て行った。
後に残されたアイリーンは腰が抜けてその場に崩れ、真っ赤な顔で彼が出て行った扉を見つめていた。
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