第8話【お見合いパーティー】2★

 夜風が気持ち良い。

 住み慣れた自分の屋敷で行われるパーティーのはずなのに、エヴァはとても居心地悪く感じていた。

 どこに居ても知らない場所にいるような――。


「今日はいつもの黒い騎士君はいないのかい?」


 隣に並んでいるアレクシスから意外な質問をされ、エヴァは思わず目を丸くする。

 この人も他人を気にするんだ……? という目で見ると、彼は苦笑いして肩をすくめた。


「心外だなぁ~。僕だって一応色んな人間に興味を持つよ? もっとも騎士君のことを訊いたのは、今この場にいられると不都合だから……なんだけどね」

「……どういう意味ですか?」


 その言葉に嫌な予感しかしないエヴァは、不安げな表情で一歩下がる。


「そんなに警戒しないでおくれよ。ただ君に、きちんとプロポーズをしたいだけさ」


 アレクシスはその場にかしずくと、エヴァの手を取り高価そうな指輪を見せてきた。

 驚いたエヴァは距離を取ろうとするが、彼の手に捕らえられ動けない。


「ちょ……っ、困ります。私、あなたとは……無理です……!」

「どうして? 僕は君を永遠に愛すよ」

「あ、あなたが愛してるのは私じゃなくて私の体質です!」

 

 立ち上がったアレクシスはエヴァを抱きしめようと距離を詰めてきた。

 肩をグッと抑えられ顔を近づける彼にゾッとする。

 離れようともがくがエヴァの力ではビクともしなかった。


(む、無理……気持ち悪い!)


 クライムに触れられるような安心感や心地よさは一切無く、ただただ嫌悪感だけが走る。

 静かなバルコニーを選んだので会場から少し離れているのが仇となってしまった。


「確かに君の体質が一番欲しい。でもそんな体質を持つ君だからこそ愛せるんだ」


 自己本位の歪んだ愛を囁く彼の言葉はエヴァの心には響かない。

 青い顔で嫌々と首を振るエヴァを無視してアレクシスはゆっくりと顔を近づけてきた。


 キスされる――! と思った瞬間。




 後ろからぐいっと引っ張られ身体が浮き、アレクシスとの距離が空いた。


 見上げれば、ずっと焦がれていた黒い騎士がエヴァを守るように抱きしめていて。


「……クライム……」


 慣れ親しんだ力強い腕と清潔な香り、包み込む熱に安堵したエヴァは全身の力が抜けそうになった。

 抱きしめる腕にぎゅっと力をこめたクライムは、目の前の男に冷たい目を向ける。


「アレクシス様……お戯れが過ぎます。これ以上お嬢様の嫌がることをされるようでしたら、私が力づくであなたを追い出します」


 いつもよりも低い声で警告する様子に、エヴァはクライムが自分のために怒ってくれていると気付く。

 射抜かれたアレクシスは肩をすくめると、やれやれと両手をあげた。

 

「はいはい。確かに戯れが過ぎたようだね。フラれちゃったことだし素直に退散するよ」


 相変わらず全く悪びれた様子を感じさせないまま、大人しく会場へ戻って行った。

 


 

 その背を見送った後、ドッと疲れたエヴァは大きなため息をつきクライムを振り返る。


「ありがとう……その、助けてくれて」

「いえ、当然のことですので」

 

 素直に嬉しかった。

 ずっと気まずいままだったからわだかまりが取れたようで、思わずふふっと小さく笑みを浮かべる。

 

 「この前はごめんね……酷いこと言って」


 バカって言ったことを気にしていたエヴァはこれを機に謝るが、クライムは珍しくおどけたように「傷つきました」と小さく笑う。


 そんなクライムが面白くて嬉しくて。

 思わず二人で笑い合うと、今日一番心が晴れやかになった。


(仲直り出来て良かった……)


 安心してひと息ついたエヴァはこのまま父に先程あったことを報告し、今日は下がらせてもらおうとバルコニーの入口に向かう。

 すると急にクライムに止められた。

 

 どうしたの? と振り返ると、目の前には小さな花束が。


「十七歳のお誕生日おめでとうございます、エヴァ様」

「……っ!」


 あまりの嬉しさに言葉に詰まり震える手で受け取ると、月の光に照らされ輝く美しい花に魅入った。


「わざわざ……用意してくれたの?」

「本当はプレゼントの予定だったのですが……結局何を選べばいいかわからなくて」


 申し訳なさそうに言うクライムに、あなたからならなんでも嬉しいと笑顔で伝えた。


「ありがとう。今日一番の誕生日プレゼントだわ」


 嬉しくて涙が出そう。

 心からの笑顔で礼を言うと、クライムも嬉しそうに笑ってくれた。

 

 

 

◆ ◆ ◆





 父エイブラハムに報告後自室に下がると、クライムも最後まで付いて来てくれた。

 また道中アレクシスのような男に捕まっては困ると言って父も了承してくれたのだ。


「ありがとうクライム。あなたも今日は疲れたでしょう? 部屋に戻って……」


 振り向くと、頭を抱えながら息を乱しているクライム。

 大変! と思い近づくとその目は赤く光っていて。


「ひょっとしてまた……血を飲めていないの?」


 恐る恐る訊くとクライムは言いにくそうに答える。

 

「いえ…………奴らの血を……討伐する際に摂取していたのですが……やはり足りなかったようです」


 苦しそうに息を乱す彼はエヴァの白い喉をじっと見つめた。

 まるで獲物を狙うような――。

 ゾクっと身体を駆け抜けるそれは、悪寒とは違う感覚だと分かった。


(さっきまでは平気そうに見えていたけれど……ずっと体調が悪いのを隠していたのね)


 エヴァは覚悟を決めるように息をひとつ吐いてから、ネックレスを外し机の上に置いた。 

 ドキドキと鼓動が早くなりながらも、今度はゆっくりと首元のリボンに手をかける。


 ゴクリと喉を鳴らし、まるでスローモーションのような感覚で解かれるリボンを目で追っていたクライムは、ハッとして視線を逸らす。


「ダメです……これ以上血を頂く訳には…………」

「クライム」


 両手でそっと彼の頬を挟み、ふんわり微笑みかけた。


 

 

「私の血を吸って」


 


 瞳が一層赤く輝きを増し、タカが外れたようにエヴァの喉に喰らいつく。

 

 なるべく痛みを少なくしようとする彼の気遣いなのか、白い喉を愛おしそうに舌でねぶると、ためらいもなく歯を立てた。


「んっ」


 じゅる、じゅるるる、ゴク、ゴク――――。


 耳元で聞こえるそれは、酷く甘美な毒だった。

 

 恐ろしいことをされているはずなのに全身を駆け抜けるのは快感で、思わず吐息が漏れる。

 

「あ……っ」


 すぐに唇を離されると、エヴァの手首をグイっと掴みくるりと体勢を変えられ、近くの扉に押し付けた。

 クライムの身体に覆われる形で後ろから再び首に食いつかれ、エヴァは息を乱した。

 

 耳も顔も真っ赤に染まったまま甘い吐息を漏らす。

 逃がすまいと彼の手が更にガッチリとエヴァを包み込んだ。

 

 触れられる唇と身体が熱い。まるで男女の秘め事のよう。

 

 生理的な涙を浮かべ震えながらクライムに身を委ねるエヴァは、彼の欲望を満たしている喜びに包まれていた。

 自分の血が、自分の血だけがクライムを満たしていると。


★挿絵(吸血注意)

https://kakuyomu.jp/users/yadorisan/news/16818093083521863538

 

 だがその時の二人は気付かなかった。

 

 薄く開いた部屋の扉から、アレクシスがじっとこちらを見ていたことを――――。

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る