第8話【お見合いパーティー】1
「パーティー……ですか?」
「ああ。来月のお前の誕生日にうちで夜会を開きお前の婿探しをしようと思ってな。既に招待客は決めてある」
「……急ですね。先月一人来たばかりだというのに……」
「アレクシス殿か? あれはお前には合わんだろう。だが役に立ちそうだったからな。次はもっとマシな男を見繕うから安心しろ」
(なんで今更……)
また久しぶりに父の執務室に呼び出されたと思ったら開口一番”見合いパーティーをしろ”で、エヴァは内心不満だった。
家の都合上吸血鬼に狙われるのを防ぐため、デビュタントどころか社交界にすら出たことがない。
そんな自分がいきなり婿探しとは……。
(絶対に上手く話せないわ……)
「クライムでは駄目なのですか? 今までは彼が婚約者候補だったのでは?」
「そうだ。だが事情が変わった。わかるだろう? 半分でも吸血鬼はダメだ」
そんなことは気にしないと言おうとしたが、父が本気でエヴァの心配と幸せを願ってると知っているので強く言えない。
実は自ら血をあげてますなんて言おうものなら卒倒してクライムを今度こそクビに……いや、下手したら討伐されてしてしまうかもしれない。
エヴァが何も言えないでいると不審に思ったのか、父は「まさか……」といぶかしむように尋ねる。
「惚れているのか?」
「!」
その言葉に一瞬ドキっとしたエヴァは、自分の気持ちをなんて答えようかと考える。
「まぁ……元々最有力の婚約者候補だったんだ。オレがそうなるような環境を許したんだし、別におかしなことじゃない。……だがな」
エイブラハムは頭をボリボリかきながら気まずそうに言った。
「お前は昔から身近にいる異性をクライムしか知らないから依存してるだけかもしれんぞ。だからこれを機に他の男にも目を向けてみろ。いいな」
「………………はい、お父様」
何も言い返せなかった。
実際その通りかもしれなかったから。
これは恋なのかわからない。未熟なエヴァにはどういうものか、まだよくわからないのだ。
執務室を出るとすぐそこにクライムがいて心臓が跳ね上がる。
「ク、クライム……! ひょっとして、聞こえてた?」
「はい。……耳が良いので」
「そ、そう……」
気まずそうに眼を逸らすと、相変わらずの無表情のままクライムが言った。
「旦那様のおっしゃることは正しいと思います」
「…………どういうこと?」
エヴァは信じられないような顔で彼を見る。
「私はダンピールです。……お嬢様には相応しくありません。それに私のような得体の知れない元孤児よりも、身分が高い貴公子との結婚の方が幸せになれるでしょう」
身分――。エイブラハムもエヴァもそんなことは一切気にしないと知っていて、クライムはあえて突き放した。
エヴァが望む幸せなんて知らないくせに。
怒りがふつふつと湧いてきたエヴァは、視界が涙で滲むのを感じて大声で叫ぶ。
「クライムのバカ!!」
バタバタと足音を立てながら自室へと走り、途中家庭教師の先生に走るなと怒られたが無視して部屋に入った。
そのまま入口にずるずると座り込むと、膝を抱えて
自分でも何で悲しいのかわからない。
何がショックなのかわからない。
他の男性を勧められたから?
思い出されるのはクライムと今まで一緒に過ごした温かい記憶ばかり。
お祭りでデートしたこと、いつも迎えに来てくれたこと、たまに笑ってくれること。
十歳の頃からずっと傍で守ってくれたエヴァのヒーローだった。
常に主従の距離を保ち面倒見の良い兄のような存在。
――――本当に?
エヴァは自問自答を繰り返しながら無意識に首のリボンに触れた。
初めて血を分けたあの夜を思い出す。
首に触れる熱い唇、なまめかしい舌。
自分を求める欲望に染まった瞳を。熱を。身体を。
「…………っ」
その瞬間、カッと顔が赤くなり心臓が早鐘を打ち始める。
ああ――これはもう、分かってしまった。……でも――――。
「……今更気持ちを自覚したって……もう遅いじゃない…………」
◆ ◆ ◆
「エヴァ嬢、お誕生日おめでとうございます。お噂通りお美しい……」
「エヴァ様、おめでとうございます! じ、自分は聖騎士団第二に所属しております」
「エヴァ嬢、初めまして。なんと麗しい。僕はクレール領にあるレアンドル伯爵の……」
父のエスコートで夜会会場のホールに入場した途端、父が厳選した婚約者候補たちに取り囲まれてしまい、エヴァはとても困ってしまった。
この日のために用意した白いドレスは、首元から胸元にかけて大きく開いているもの。
肩を包む小さな袖、腰の細さを強調したウエストラインから下のふんわり膨らんだスカートは、薔薇のレースの刺繍で彩られている。
母の形見の赤いネックレスと首には白い薔薇とレースのリボンで飾り付けられ、エヴァの赤い髪に映えたデザインだった。
「あ……ありがとう……ございます…………」
最後は消え入りそうなくらい小さいトーンになり俯きながら委縮してしまう。
ずっと緊張しっぱなしで練習してきた淑女の仮面が全くつけられない。
十七年間生きてて自分の屋敷で行われる初めてのパーティーなのだ。緊張しない方が無理があるだろう。
婚約者候補たちは皆こぞってエヴァの容姿を褒め称えるが、お世辞なのか物珍しさからなのか分からなくて素直に喜べないでいた。
それに”吸血鬼に好かれる乙女”に興味がある稀有な青年たちが意外にも多かったようで、エヴァは心底驚き嫌な気持ちになった。
エヴァを生涯守るために父が厳選した騎士団内の身内の独身者が多いとはいえ、これでは見世物ではないかと思わざるを得ない。
「エヴァ嬢、あのいかつい団長の娘とは思えないほどお美しいな」
「ああ。まさに深窓の令嬢って感じだ」
「あの男慣れしてない様子も庇護欲をそそられる……」
不慣れな社交も相まってエヴァの性格を勘違いする者も多く、誰も自分を見てくれていないようで悲しくなった。
(全然そんな性格じゃないわ……)
無意識にクライムを探してしまう。
まだ彼には”おめでとう”と言われていない。
一方的に罵ったあの日以来気まずくてなかなか顔を合わせられない日が続いていた。
クライムもクライムでまだ定期的に野良吸血鬼討伐に駆り出され不在の時が多かった。おそらく父があえて二人の距離を置かせたのだろう。
そうして迎えた誕生日の日、エヴァは笑顔の裏に悲しみを抱えながら、与えられた役割をこなす。
機械的に苦手な社交をしているところ、馴れ馴れしい男が一人。
「や~や~エヴァ嬢! この度はお誕生日おめでとう!」
「…………アレクシス様……」
まるで古い友人のように馴れ馴れしく話しかけてきたその男を見てエヴァは更にげっそりする。
「おやおや、お疲れのようだね。どうだい? バルコニーに出て一旦外の空気を吸いに行くのは?」
アレクシスの手を取るのは嫌だったがこの場から解放されたいのも事実だったので、仕方なく彼の提案に乗った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます