第1話【吸血鬼を惹き寄せる女の子】2
夕食の席へ行くと、父、エイブラハムが席に着いていた。
エヴァに似た赤髪、聖騎士団団長をやっているだけある逞しい体躯。
一見怖そうな外見だがエヴァを視界にいれた途端あふれんばかりの笑顔になった。
「お父様!」
「エヴァ! すまんなーなかなか帰って来られなくて! 会いたかったよ」
二人は笑顔で抱擁を交わす。
「怪我はしていないか? 具合も悪くないか?」
「騎士の方たちやクライムが毎日守ってくれるので私は健康そのものですわ。そもそもお父様の聖なる結界のおかげで心配無用です」
「そうかそうか! お前はここにいる限り安心安全だからなぁ!」
ハハハと大笑いしながら娘の肩を軽く叩く。痛い。
相変わらず過保護なんだからと呆れるも、母を亡くして以来過剰になるのも仕方ないと受け入れるエヴァ。
共に食事を終え寝室に引っ込もうとする父は大事なことを忘れてた、とエヴァを呼んだ。
食事中とは一転して真剣な顔で見つめられ、エヴァにも緊張が走る。
「三日後の王都での祭りに備えて明日から聖騎士団は街の警備に就かなきゃならん。おそらく野良吸血鬼共も人に引き寄せられ街道に集まるだろう。オレは家にいてやれねぇから、お前は騎士たちの迷惑にならないよう戸締りをしっかりしてちゃんと部屋に閉じこもっていろ。いいな?」
”閉じこもっていろ――――”
その言葉が重く沈む。
そう、これがエヴァに約束された未来。許されない自由。
「決してまた外に出ようなんて思わないこと、何かあったらすぐクライムに助けてもらうこと、わかったな?」
「……わかりました……」
暗い表情で返事をする娘に多少申し訳ないと感じるエイブラハムだったが、彼からしてもたった一人の家族である娘を何が何でも失いたくなかった。
「オレにもう二度と悲しい想いはさせないでくれ……。お前まで失いたくない。わかってくれるな?」
「はい……お父様」
エイブラハムは後ろに控えるクライムに目配せし、エヴァの頭を撫でてから自室へ入って行った。
◆ ◆ ◆
就寝前。すっかり日が落ちて辺りは真っ暗だ。
自分でも分かっていたことだったが夕食時に父にも釘を刺されてしまい、お祭り時は毎回気分が落ち込む。
(今回も誰にも迷惑をかけないよう部屋に引きこもっていなきゃ。今のうちに新しい本を注文しておこうかな……)
そう考えていると、コンコン、と扉がノックされた。
こんな時間帯に誰かしら? と思いながら近づくと、聞き慣れた涼やかな声が聞こえた。
「お嬢様、エヴァお嬢様。まだ起きていらっしゃいますか? クライムです」
「クライム? こんな時間に一体……!」
迷わずドアを開けると、彼の姿に言葉を失う。
うっすらだが至る所に血がついていたからだ。
「お見苦しい姿をお見せして申し訳ありません。先程見回りをしていたところ、屋敷の結界の外に奴らがいたため始末してきました。それとは関係ないのですが、今少しだけ宜しいでしょうか?」
「それはもちろんだけど、その前に手当をしましょう! 早く入って!」
彼は苦しそうに息を乱していた。こんな姿を見るのは初めてだ。
無理矢理部屋へ引き入れようと腕を取る。
「いけません。私は大丈夫ですから……」
「いいから! 私が手当してあげる!」
遠慮する彼を無視して長椅子へ導く。
抵抗するのをやめたらしいクライムの傍に近寄り、上着を脱がそうとするとやんわり制止された。
「軽く腕を噛まれただけです。それと苦しいのは怪我のせいではないのです。少し頭痛がするだけで……」
上着を脱いで袖をまくると手首に痛々しい牙の痕があったが、既に血は止まっていた。
エヴァはアルコールで消毒し、清潔な布と包帯を巻いていく。
「小さい頃に外で遊んでてよく怪我をしていた甲斐があったわ。あなたの見様見真似だったけれど手当の仕方は完璧よ」
「……ありがとうございます」
クライムは微かに微笑みながら頭を押さえていた。
「頭痛薬を処方してもらった方がいいかしら……お医者様の手配となると明日になってしまうかも……」
「いえ、ご心配には及びません。おそらくこれは……私の記憶に関わるものかもしれないので」
「クライムの……記憶?」
「最近になって……気付いたのです……」
クライムは頭を押さえながら恐る恐るといったように口にする。
「奴らを倒す度に、記憶が戻りそうになる度に、自分の身体が人間離れしてきている感覚があるのです」
そう言って彼は自身の両手を見る。まるで確認するかのように。
「俺は…………化け物なのでしょうか…………」
ハッとしてエヴァはクライムを見た。
初めて聞く彼の弱音に、胸が苦しくなる。
エヴァの為に吸血鬼を狩るクライム。
化け物を狩る自分もまた、化け物だと思っているのだろうか。エヴァがそれを望むから――。
「……俺はお嬢様の……ヒーローでいたいです」
「クライム…………」
彼が何に悩んでいるのかは理解出来ない。でも……ひとつ確実に言えるのは――。
「あなたは私のヒーローよ」
そう言ってギュッと抱きしめると、まるで触れられるのが恐ろしいかのようにビクッとする身体。
しかしすぐにパッと起き上がり、クライムは何事もなかったかのようにエヴァから距離を取った。
「失礼致しました。記憶が戻りそうな頭痛に少々動揺しておりましたが、もう大丈夫です」
その不自然な距離の取り方に、エヴァも必要以上にクライムに触れていたことに気付き急に恥ずかしくなる。
「こ、こっちこそごめん……っ。そ、それより何の用事だったかしら?」
クライムは「ああ」と思い出したようにチラシを取り出した。
そこには三日後、城下町で夏の豊穣を予祝する祭りがあること、旅芸人が来ることなどが書かれていた。
「これは……!」
「お嬢様が行きたがっていたお祭りです」
「でも、こんなのどうして……」
だって行ける訳がない。
いくら王都が見える距離に屋敷があっても馬車で片道八時間はかかる。王都には野良吸血鬼を避ける結界はあるが、エヴァを守ってくれる結界はないので宿に泊まることが出来ずその日の内に帰宅しなければいけない。
万が一夜になれば王都には貴族の吸血鬼とそれに管理された吸血鬼が住んでいるのでエヴァを見たら正気を失い襲ってくる可能性があった。
クライムはエヴァの手をそっと握る。
思わず彼を見ると優しく輝く金色がこちらを覗いていた。
「馬車ではなく馬を飛ばせば三時間半程で着けるでしょう。朝早くに出て日が落ちる前に帰ってくれば大丈夫です。なにより、私がお嬢様を全力でお守り致します」
「クライム…………」
(だめ……、違うのクライム。あなたを犠牲にしてまで自由を得たいとは思っていない)
「お嬢様が考えていることはわかります。しかし……貴女が幼い頃から外へ憧れていたのを知っています。それにこの先いつチャンスがあるかわかりません。私が一生お守りすることも出来るか……わかりません」
その言葉にハッとする。
「それは……クライムが私の傍からいなくなってしまうっていう意味? それとも私が他の人と……」
クライムは困った顔をして微笑む。
そのどちらの可能性もある、ということかもしれない。
エヴァは嫌な気持ちになり俯いた。
「私は……もうお母様のように私のせいで誰も死んでほしくないの。だからまた私の我儘で……」
「いいえ」
優しい手つきで顔を上げられる。
「むしろもっと我儘になっていいのです。お嬢様には、自由でいてほしいのです」
「自由……」
本当に、いいのだろうか。
またあの悲劇が起きないとは限らない。
迷っていると、クライムは手を放しいつもの距離をとる。
「まだ時間はあります。行くか行かないかはお嬢様次第です。ただ、もし行くとお決めになりましたら私が全力でお守り致しますのでご安心を」
そう言って礼をし、静かに退室した。
エヴァはただ黙って見つめることしかできなかった。
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