「なんかたまにめっちゃ優しくなるけど、もしかしてえっちしたいのかな」
基本的に超優しい結花ちゃんなんだけど、
「ただいま」
「おかえりー」
「あきちゃん……いつもありがと」
たまに、ものすごく優しくなる時がある。
今日も普段通り洗い物をしながら帰宅を待っていたら、帰ってきて早々、後ろから抱き締められてお礼を伝えられた。
い、いきなりバックハグ……なんで?
結花ちゃんの方が身長が低いから、もはや抱きつく感じで私の肩に額を乗せた彼女は、スリスリと頭を動かして甘えてきた。
仕事終わりに飲み会があるとかも聞いてないし、酔ってるわけでもないのに……どうしたんだろ。
でも、たまにあるんだよね。こういう時。
同居を初めてかれこれ二年近く。何度もこうして甘えられる時があった。
本人は無自覚なのか、意図してるのか、なんなのか……分かんないけど、とにかく甘えられるし甘やかされる。
「あきちゃんは今日もかわいいね」
「あ……あざーす」
ご飯中もこうやってなんの脈絡もなく褒めてくれるし、
「疲れてるのに、洗い物ありがとう」
「あ、いえいえ…」
食後の洗い物中も、ピッタリひっついてくる。
……なんで?
と、これを読んでる読者も思うだろう。私も当然、毎回の如く疑問に思っている。
そんな読者と私が気になって眠れない夜を過ごさぬよう、今日は本人に直接突撃インタビューをしてみることにした。
Q.結花さん。
A.はい。
Q.どうして定期的にデレ行動を起こすんですか?
A.わかりません。
Q.え?
A.私にも、分かりません。そもそもデレてる自覚ないです。
……ということらしい。
だから疑問は解消されず、謎は謎のまま。
「あきちゃん……一緒に寝るならこっちおいで」
「あ、うん」
「ほんとかわいいねぇ」
今日も今日とて、甘やかされるのである。
完。
これで終わるはずもなく。こんなんで終わらせられるわけもなく。
夜、寝る前になってからも私を甘やかす気満々な結花ちゃんは、同じ布団の上。
「かわいい……ほんとかわいい」
わざわざ膝枕までしてくれて準備万端な状態で頭を出られ続けること数分。
「かわいすぎる…あきちゃん」
彼女はどこか、恍惚とした声を漏らした。
これ……もしや今日、えっちしてしまうのでは?
えっちしなくても、キスくらいはしちゃう?しちゃうの…?
こんなにも甘やかされたら、嫌でも直感的に感じてしまう。だってもう、こんなの友達の距離感じゃないから。
明らかに恋人距離。そして私達は女同士だが、お互い女が好きなレズビアンもどき。何が起きてもおかしくはない……
が、そうそう何も起きないのが、現実である。
「じゃ、そろそろ寝るね」
「あ、うん」
私をひと通り愛でて満足した彼女は、名残惜しい様子もなく雑に人の頭を布団に落として横たわった。
終わった後の対応が粗雑なのは、まさに射■後の男……賢者タイムそのものであった。
なんなんだろう、この気持ち。
フラレてないのにフラレた……否。ヤッてないのに事後みたいな、この。
とにかくモヤモヤする気持ちで、そのせいで眠れなくなって、しぶしぶタブレット端末を持ち出してすやすや眠る結花ちゃんの隣で絵を書き始めた。
書く時は片耳だけイヤホンをつけて、お決まりの音楽を流しながら、結花ちゃんの寝息もしっかり把握しながら進めるのが基本形式で。
どうして結花ちゃんの寝息を聞くのかというと、
「んが…」
鼻の奥に引っかかるような、いびきにもならない小さな音を聞いて苦笑する。
この通り、面白いから。
こうやってたまに変な音を出して寝る結花ちゃんを楽しみつつ、音楽も聴きつつ、絵を書きつつ……息抜きに小説を書きつつ。
夜は静かだから良い。
何をしてても許される平穏で平和なこの時間は、心の癒やしでもある。
「んぁ…ー…んが……あきちゃん…」
隣で眠る彼女もまた、私の癒やしだ。
今も、むにゃむにゃした口調で私を呼んだ彼女の声が赤ちゃんみたいで可愛くて、つい鼻から吐息が抜けていった。
「んー…?なーに、結花ちゃん」
寝ぼけてても呼ばれたから返事をすれば、私を探した手が宙を掴んだから端末を脇に置いて、その手を捕まえた。
「大丈夫。ここにいるよ」
寝ている彼女はよく、不安そうに誰かを探す。
それが誰なのかは、分からない。
私かもしれないし、私じゃないかもしれない。
だけどそんなことはどうだって良くて、求められているなら安心させる材料を、こちらは差し出してあげるだけである。
「大丈夫。大丈夫だからね」
何度も囁いて手を繋いで、頭を撫でて。
繰り返しているうちに、すやすやとまた深い眠りについた結花ちゃんの額に、背中を丸めて自分の額をくっつける。
「かわいいね、結花ちゃんは」
彼女が、定期的に愛でたくなる気持ちが、なんとなく分かる気がした。
私はこの感覚を、よく知っている。
……年の離れた弟を思い出す。
彼もまた、夜にこうして不安がっては姉である私にしがみついて、手を握れば安心したように呼吸を落ち着けていた。
その時に抱いた感覚に、近しいのだ。
私達は血の繋がった家族ではないが、もはやそのくらいに心を通じ合わせていて、唯一無二の存在である……と、そう思いたい。少なくとも、私はそう思っている。
だから可愛がりたくなる。
まるで幼子を愛でるような、愛おしい気持ちで。
「んぐ…ぉ」
「く、ははっ。色気ねぇ、こいつ」
よしよしと撫でていたら感動的な流れを断ち切るいびきに、思わず声を出して笑った。
そして翌朝。
「行ってくる」
「あいよ、いってら」
「ん」
「ん?」
結局私は眠れなくて、朝になってむくりと起きて支度を始めた結花ちゃんの隣で呑気に紅茶を淹れて飲んでいたら、急にドアの前で腕を広げだした怪しい人物に目を向ける。
「なに」
「行ってきます」
「おう、いってら」
「ん!」
今度は片足で地団駄まで踏みはじめた。
そう、この女……結花とやらは、甘やかした翌日はだいたい甘えたになるのだ。
もしかしたら無意識で、甘やかす代わりにお前も甘やかせという気持ちが実行されてるのかもしれない。いわゆる等価交換というやつである。
それなら仕方ない。ここはノるか。
ということで。
腕の中に入り込むように相手を抱き締めに行って、軽くぎゅっとした後ですぐ体を離した。
「いってらっしゃい」
「…うん。行ってきます」
もはや恋人やろ、ってことを平然とする私達の間に、不思議なことに恋愛感情はない。
だから当然、いってらっしゃいのキスなんてするわけもなく。
こういう時、たまに思う。
私が相手に「もしかしてキスしたいのかな」って思ってる時、相手も「もしかしてキスしたいのかな」って思ってるんじゃ…?
結花ちゃんは、哲学だ。
そして鏡でもある。
満足気に仕事へ向かった彼女の背中を見送って紅茶を優雅に嗜みながら、私はそんなバカげたことを考えるのであった。
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