第28話 魔の刻
夕刻、西の砦。
夜を控え、レニーと辺境伯ヴァージル、騎士たちは砦の広間に集まっていた。
騎士たちの前に立つレニーには緊張の色はなく、次期辺境伯と呼ぶにふさわしく威風堂々としていた。
今回ヴァージルはいざというときの補佐という形なので、レニーから離れ端の方に控えている。
「もうすぐ魔の刻。これより砦の外へと出陣し、魔獣を待ち構える」
レニーの声が、広間に響く。
「皆、私に関する話は知っていることだろう。そのことに不安を抱く者もいるはずだ。だが私は弱点を克服し、今ここに立っている。私を信じるかどうかは、私の働きを見て判断してほしい。とはいえかかっているのは皆の命だ。そのため、万が一に備え父に控えてもらっている」
レニーがヴァージルを振り返る。
腕を組みながら壁に背を預けていたヴァージルは、こくりとうなずいた。
「レニーが万が一理性を失ったら私が
雑な物言いだったが、長年軍を率いてきた辺境伯の言葉は信頼に足るものだと誰もが知っており、騎士たちは安堵した様子を見せた。
その後レニーと騎士たちは砦の前へと移動し、夜を待った。
魔獣はまず馬を攻撃することが多く、落馬の危険性が高いため騎士たちは騎乗していない。
日が完全に落ち、赤い星が空に輝くころ、魔の森からゾロゾロと魔獣たちが這い出てきた。
「
レニーの一声で、砦の防壁の上に設置された据え置き式の巨大な弩に極太の矢がつがえられる。
魔獣の被毛や鱗は非常に硬く、普通の弓矢ではほぼ効果がないため、弩での攻撃か接近戦となる。
特に剣気を扱える者による攻撃は絶大な効果があった。
それこそが、辺境伯がレニーをあきらめられなかった最大の理由である。
「撃て!!」
矢が魔獣に向かって放たれ、その直撃を受けた魔獣たちの叫び声が響き渡る。
「突撃!!」
レニーを先頭に、三角形に近い形で魔獣の群れに突っ込んでいく。
騎士たちは慣れたもので、訓練通り複数人で組みながら魔獣との戦闘を繰り広げた。
レニーも剣に気をまとわせ次々と魔獣を
剣を振るうレニーは、自分が戦いに溺れ始めたことを自覚していた。
人間よりも圧倒的に手ごたえのある相手。それなのに何の罪悪感もなく屠っても良い存在。
魔獣の血を浴びながら、自身が血に飢えた獣となっていくことを感じた。
それでも、頭の一部は冷静さを保っている。
獣のような自分と、それを冷静に見つめる人間らしい自分。意識を分けることで理性を保てることを、父との訓練の中で学んだ。
(“戦場ではケダモノなくらいがちょうどいい”んだ。だが冷静さも失ってはいけない。俺は指揮官なのだから、戦いだけに没頭するわけにはいかない)
魔獣を斬り伏せながら、周囲を見渡す。
右側がやや不利な状況に陥っていることに気付いた。
「弩隊、右側奥を集中的に狙え!」
その声に、右奥に向かって集中的に矢が放たれる。
動きが止まった魔獣たちに、騎士たちがとどめを刺した。
戦いは終始有利に進み、魔獣の数も減ってきたと思ったそのとき。
森の奥から、禍々しい気を放つ存在がのそりのそりと現れた。
ネコ科の猛獣にも似た四つ足の、真っ黒な被毛に真っ赤な瞳の魔獣。口は耳の近くまで裂け、だらだらと
そしてその大きさ。後ろ足で立ち上がれば四メートルにも届きそうなほど巨大な魔獣である。
「厄介そうなのが来たな。やれるか?」
いつの間にか近くに来ていたヴァージルが問う。
「はい。騎士たちの隊列が乱れるようであれば、そちらを指揮してください。こちらは俺一人でやります」
おそらく剣気を限界まで開放することになるだろうとレニーは思った。
戦いに没頭しなければ勝てない相手だと、本能が訴えている。
誰かをかばったり、攻撃に巻き込まないよう配慮するだけの余力はないだろうと思われた。
「あの魔獣は私が倒す、皆は決して近づくな! こちらは気にせず他の魔獣の討伐にあたれ!」
レニーが剣を振り下ろす。
剣身がまばゆいばかりに闇夜に輝いた。
巨大魔獣がそれを見て、ゆっくりとレニーの方に向かってくる。
恐怖はなかった。それどころか、全身が言いようもない興奮に包まれる。
(戦場での俺は……本当にまともではないんだな)
レニーの口元が、愉悦に歪んだ。
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