第20話 騎士団詰所

 ヴァンフィールド城の片隅には、騎士たちの宿舎や詰所、訓練所などがある。

 騎士団の副団長とともにその詰所を訪れた人物を見て、騎士たちの間でどよめきが起こった。

 ゆるく波打つ銀色の髪は月光のごとく輝き、歩みに合わせてさらさらと揺れる。

 細身ながらも女性らしい曲線を描く肢体は慎ましやかなドレスの奥に隠されているが、肌を出さない装いがかえって色香を醸し出していた。

 そして小さな顔を彩るのは、絶妙な位置に配置された大きな瞳と整った鼻、小さな口。

 男たちの視線を惹きつけてやまない稀なる美貌の持ち主――アレクシアは、見られることなど慣れていると言わんばかりに堂々と顔を上げて長い廊下を歩いていく。

 男たちがアレクシアを見ながらぼそぼそと話す。小声で話しているつもりらしいが、アレクシアには全部聞こえていた。


「あの方が若様の?」


「すげぇ綺麗だな……都会の女性ってあんな感じなのか?」


「でも悪女らしいぞ」


「いいじゃん悪女。引っぱたかれてみて~」


「変態かよ」


「黙れお前たち! 全部聞こえてるぞ!」


 副団長に一喝され、騎士たちが黙る。

 アレクシアが騎士団の詰所に行きたいと辺境伯に告げた際、「むさくるしい男どもの巣に美女は危険だから」と副団長であるゼノンを護衛兼案内係として付き添わせてくれた。

 年齢は辺境伯と同じくらい。たれ目がちの整った顔立ちで、見た目はやや軽薄そうだが、愛妻家なのだという。


「若様の婚約者に無礼なことを言うな馬鹿どもが」


 ゼノンに叱られ、騎士たちが背筋を伸ばして胸に手を当てる。


「はいっ!」


「申し訳ありませんでした!」


 つい先ほどまで悪女だの引っぱたかれてみたいだのと言っていた男たちの変わり身の早さに、アレクシアはひそかに笑いを漏らす。


「大変失礼しました、レディ」


 ゼノンが頭を下げる。アレクシアはふふ、と優雅に笑った。


「元気があってよろしいですわね」


 そう言って、騎士たちに冷めた視線を送り、微笑を浮かべる。

 己の美しさをじゅうぶんに理解しているアレクシアの冷たい微笑は、騎士たちの視線をさらにくぎ付けにした。


「はぁ……あの方に罵られてみたい……」


「踏まれたい」


「だからやめろって。でもちょっとわかる」


 ゼノンの眉間のしわが深くなる。


「お前らいい加減にしろ! いつからここはドM男の集まりになった!?」


「申し訳ありません、今日からです!」


「アホか! 次に馬鹿なことを言ったやつは減給にするからな!」


「……はっ!」


 ようやく静かになった騎士たちに背を向け、ゼノンがアレクシアを促す。

 アレクシアは吹き出さないので精一杯だった。

 目的地である資料室に着き、ゼノンが扉を閉めたところで、アレクシアはクスクスと笑いを漏らした。


「申し訳ありません。教育が行き届いておらず」


「いいえ、面白いですわ」


 たしかに辺境伯子息の婚約者で貴族であるアレクシアに対する態度としては褒められたものではない。

 無礼と言ってもいいほどだろう。

 だが、王宮での悪意のある視線や囁き声と比べれば微笑ましいものである。


「腕のいい騎士たちなんですが、いかんせん非番のときは気が緩みまくっておりまして……お恥ずかしい限りです」


「命がけの任務についている方たちだからこそ、そういう時間も必要なのでしょう。こちらこそ休んでいるところにお邪魔してしまったのですから」


「寛大なお言葉に感謝いたします」


 騎士団のことにまで口を出すつもりはない。城内で無礼な振る舞いさえしなければそれでいいと思っている。

 それはもし辺境伯夫人となっても変わらないだろう。


(辺境伯夫人になるのか……なれるのか。それもまだわからないけれど)


 アレクシアがテーブルに近づくと、ゼノンがすっと椅子を引いてくれる。

 女性の扱いに慣れていそうだと思った。その顔立ちも相まって、未婚の頃はさぞかしもてたのだろう。


「さて、例の資料ですね」


 ゼノンが本棚から一冊の本を取り出し、ぱらぱらとページをめくって開いた状態でアレクシアの前の机の上に置く。


「こちらになります」


「ありがとうございます」


 アレクシアが見たいと希望したのは、レニーが真剣を持てなくなったきっかけとなった事件の記録。

 事件の内容はレニーから聞いたとおりだった。

 くだんの家族は町はずれの広い家から引っ越しはしたものの、まだヴァンフィールドの城下町に住んでいるとわかった。


「ゼノン卿はこの事件についてどう思われましたか?」


「さすが若様、お見事だと思いました。ご本人はそうは思わなかったようですが」


「……味方に剣を向けたことについては?」


「それについては仕方がありませんね。殺さないようとっさに自制しただけ偉いですよ。強大な力には代償はつきもの。団長……ヴァージル様もそうだったんですから」


「閣下も?」


「ガードナー家の男性は代々そういう傾向があるようですね。“気”の力が強いせいなのでしょう。もちろん若様もそのことを知っていますよ。ただ、若様の剣気は団長より強いですから、その分剣気酔いも強いようです」


「閣下はどう乗り越えたのかしら。ゼノン卿は閣下の近くで戦うことも多いでしょうに、恐ろしくはないのですか?」


 ゼノンがははっと笑う。


「斬られたらそのときはそのときですね。団長の剣気は魔獣退治には絶対に必要なんですから、団長がおかしくなったそのときは喜んで剣の錆になりますよ、そのかわりそれで正気に戻ってくださいねと団長にお伝えしました」


「豪気ですわね」


「本音は斬られたくないんですけどね!」


 資料室に二人の笑い声が響く。

 彼のような人が副団長として傍にいてくれたことで、辺境伯は救われてきた部分もあるのだろうなと思った。


「ところで、ゼノン卿。今日はこのままわたくしにお付き合いいただけますか?」


「もちろんですよ、レディ。どこまでもお供しますとも」


「ふふ、ありがとうございます。では町までご一緒していただけますか?」


 それを聞いて、彼は優しい笑みを浮かべる。


「承知いたしました」


 アレクシアの目的に気づいているであろう彼は、それについて口に出すことはなかった。

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