第11話 起死回生の一手


 アロルドとエルベルが警戒して剣に手を添える。

 黙って様子を窺っていると、扉がゆっくりと開いた。


「ヴァランティーヌ嬢、朗報をお届けにきましたわ」

「――エリー?」


 ゴーティエの横から扉の方を覗けば、そこには黒い頭巾で顔を隠した占い師の姿があった。

 突如割り込んできた予言者エリーに、一同は困惑しているようだった。エリーはこの場所に侵入することが許されない存在だからだ。


「ふふ。みなさまお困りのようですわね」

「予言者たる貴様はなにをどこまで把握しているんだ?」


 ゴーティエがゆっくりと立ち上がり、私の前を塞いだ。どちらの陣営に肩入れしているのかわからない相手を前に警戒しているのだろう。当然だ、今は緊急時である。


「それはもう、全てを……と返したいところだけど、このルートは今まで存在したことがないルートだからあたしも困っておりますの」


 そうエリーは返して、顔を隠していた頭巾を取った。

 その顔を見た驚きでみな息を呑む。エリーはゴーティエ殿下とまったく同じ顔をしていたのだ。


「顔を隠していたのは、こういう事情ですの。喋り方に特徴をつけているのも、察することがないようにという意図」

「なぜ、オレとそっくりなのだ? 父上の隠し子……は、エルベルだけで充分だが」

「おや、僕の出自をご存じだったんですね」

「前の人生で知ったことだがな」

「ああ、なるほど」


 気づいている側はループ状態なのか……。

 どこからどこまでを繰り返しているのかは不明であるが、どうもゲーム中の分岐ルートの幾つかを記憶に持っているということのようだ。

 じゃあ、アロルドのイベントとゴーティエのイベントが混ざってしまったのも、彼らが意図的に行動したから?

 エリーがにやりと笑う。


「本来の予言者エリーなら、もう国外に逃亡済みですわ。ソフィエット嬢の幸せを願ってしたことが、この国の混乱と彼女自身の絶望に繋がってしまうことに耐えられなかったの。だから、あたしの誘いに乗ってくれたわ」

「どういうことだ?」

「あたしはバグ。何度も何度も殺されるゴーティエ王子を救済するための装置よ」

「でも、ゴーティエルートならば殿下は死なないはずです」


 私が話に割り込むと、エリーは首をゆっくりと横に振った。


「そのはずなのだけど、ソフィエット嬢の望む未来でもなければ、ゴーティエ王子の願う未来ではなかった。――ゴーティエ王子はヴァランティーヌを心の底から愛していた。その傷を癒すことに努めたソフィエット嬢ではあったのだけど……やがて悟ったの。自分では殿下を支えられない、と。得意の薬学知識を使って科学的なアプローチもしたのだけど、それがかえって民の不信感を煽るかたちになって。隣国に攻められる隙を作ってしまい、やがてこの国は滅ぶ――」

「そんな……」


 ゲームが完結したそのあとに、ソフィエットは幸せを得られないだなんて。

 エリーの言葉に私は納得できなかったが、アロルドとエルベルが口を挟まないことで説得力を感じた。アロルドは悔しそうに口を閉ざし、エルベルは気まずそうな顔をしている。どちらのエンドもゴーティエと対峙し倒すシーンがあるはずであり、その後続く物語も経験済みなのだろう。


「この世界はおそらく、国が滅ぶようにできているわ。その因果を変えることは、今のところできない。気づいた側の主要人物たちはみな病み始めているからね。不用意にアプローチして心を壊すわけにはいかないからと、気づいていない者たちとは距離を取っているの」

「ソフィエット嬢は? 彼女は気づいているの?」


 私がエリーに尋ねると、彼は首を横に振った。


「なんとも言えないけれど、彼女の動きはこれまでのルートと大きく変わっているようには思えないわね。あたしに助言を求めるのも、すべて記憶にあるとおりだし」

「むむ……」

「とにかく、これまでの流れを変えるために、あたしがゴーティエ殿下の身代わりとなって行動しましょう。このまま全員が病んでしまったら、永遠に続く国獲りの物語に終止符が打たれない。それは美しくないじゃない。ここが、あたしというバグの有効活用の場というものよ」

「貴様に利点があるとは思えんな」


 ゴーティエが鼻で笑い、エリーの正面に立つなり彼の胸ぐらを掴んだ。


「代役を立ててオレに逃げろと? だとしても、おそらく結末は変わらないな」

「そうかしら?」

「誰が王となろうとも、この国は滅ぶ運命なんだ。オレは、ギーセルベルトから聞いた結末がこの国の正しい結末だと考えている」

「待て、それで要請をしたのか?」


 エリーとゴーティエの間に入ったのはアロルドだった。ゴーティエは静かに頷く。


「オレの未来が続かないことは知っている。アロルドとエルベルの未来も、この国が長く続かないと聞いた。カミーユ、ティエリ公爵、ロドリク様の未来も、ギーセルベルトによって潰される」


 じゃあ、説得すべきはギーセルベルトでは――と口を挟もうとして、ゴーティエがエリーを手放して私に向き直った。


「……いや、民のことを考えたらそれが正解なんだ。近代化の波が迫ってきているのに、父上はこの国の産業を大きく変えることができずにいるからな。ギーセルベルトが支配し、強制的に近代化にシフトできれば、おそらく民は飢えずに済むし、血を流す必要もなくなる」

「なるほど、そういう筋書きでロドリク様が動いていることを知りつつ、ギーセルベルト様を向かわせたのか」

「同じ民の血を流すことは避けたいし、隣国がいかに近代化を成し遂げているのかを知らしめる良い機会だからな」


 ゴーティエ王子ってちゃんと政治していたんだ……。

 ゲームで知っているゴーティエは悪い男として描かれてきた。ゴーティエルートでさえ、ソフィエットに諭されて善に目覚めるようなストーリーだったはず。悪巧みに長けてはいるが、政治ができる人間ではなかったと記憶している。

 ゴーティエが私に向かって微笑んだ。


「ん? オレは何か変なことを言ったか? 助言があるなら、発言を許可するぞ」

「ああ、いえ。惚れ直したところです」

「それは僥倖だな」

「ただ、一つだけ、確認したいことがありまして」


 発言の許可を得たので、私は気がかりであることをゴーティエに告げる。

 切々と語る私の意見に、ゴーティエもまた思うところがあったらしかった。


「そうだな……場を設けるか」


 居合わせた三人とも反論はない。私たちは今後の動きを確認すべく、情報を出し合うのだった。

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