第4話/ドキドキ添い寝タイム⭐︎
その夜。俺とツルヨはいつものように同じ布団に入って眠る。ツルヨがふとこちらを見る。
「ねえ、ジロウ様の夢ってなに?」
「……なに?」
「夢っていうか、喜びとか望み、幸せ。欲しいものでもいい。とにかくジロウ様が嬉しくなること。それが知りたい。私はお皿を貰って嬉しかったから、ジロウ様を嬉しくしたい」
ツルヨの表情は真剣だった。いつも見せている能天気な笑顔はそこになく、眼差しに切実さが滲む。しっかり答えてあげなきゃいけない気がするけど、そんな責任感が嫌だった。
「そんなのないよ。ツルヨはそんなこと気にしないでいいからさ」
自分でも取り繕うような顔をしている自覚があった。
夢というのは自分がこの世界に生きていていいと思っている人間だけが持てるものだ。
俺は違う。誰も俺と一緒にいたって幸せにならない。生きているだけで世界中の全てに迷惑をかけている。いつだってそんな気がする。世界のいちばん外側にいたいし、いなきゃいけない。だから夢は持ちたくない。自分の幸せのために生きるなんて身勝手なことは考えられない。
誰の役にも立たず、生きていても邪魔なだけの俺。
ツルヨを拒絶することもできない。
死んだ方がいいのに。
こんな気持ちをツルヨにぶつけたくないから、苦手だけど笑顔を浮かべてはぐらかす。
「ジロウ様、優しいんだね。でも、本当に何をお願いしてくれてもいいんだよ?」
一枚の布団の中で向かい合う俺たち。夜の静けさがやけに重い。
「大好き。愛してる。だから幸せになってほしい」
ツルヨはそう言って俺の手を握った。伝わる彼女の体温は人間のそれと同じように思える。言葉だけでは虚しいものを埋めるようにツルヨの指が俺の指の間に絡みつく。
まるで何者かに植え付けられたかのようなツルヨの愛を、嬉しいなんて思ってはいけない。それはただ俺を愛してくれる都合のいい人形を求めるのと同じことだ。そんなこと許されない。
だから俺は、この手を離さなければいけない。
なのに、矮小で卑怯で情けない俺。
その時、突然にドアをノックする音が響く。気の抜けるようなコンコンという音。
「すみませ~ん。甲斐次郎くんいますか~? あの、殺しに来たんですけど~」
ドアの向こうから中年男の声が聞こえた。いつかツルヨが言っていたことを思い出す。
『これから色んな人が、すごい力であなたを殺しに来るの』
その時が来たという事だろうか。
ドアがコンコン、コンコンと繰り返しノックされる。激しさや怒りは感じられず、機械的な単調さだけがそこにある。
「殺しに来たんですけど~。正々堂々勝負しませんか~?」
ツルヨが緊張の面持ちでこちらを見ている。俺は静かに立ち上がり、ドアを開ける。
そこに立っていたのはいつかの派遣バイトで俺に話しかけてきたあの中年男だった。男は後ろで手を組みながら、卑屈な笑みを浮かべて会釈する。
「あの、どうも~。覚えてる? パソコンの工場でさ、一緒になった。灰坂っていうんだけど」
「覚えてます。ちょっとだけ話しかけてくれた人ですよね」
「そうそう! いや~急にごめんね? 今大丈夫?」
「まあ、いいですけど」
「よかったよ~。不意打ちみたいになっちゃうのはよくないじゃん? だからこうやって一応、挨拶してからさ。殺し合いするにしても、平等にやろうよ」
俺は今からこの小太りで汚い自虐的な中年男と殺し合うらしい。
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