私の頭の中のカマボコ(2024)
くろせさんきち
私の頭の中のカマボコ
「今日もあったかいね」
始業式が終わって新しいクラスに戻ると、隣の席の男子が話しかけてきた。
「そうだね。えっと……」
「あ、ぼく優太」
そうだ。去年の遠足のときに話したことがあって、名前の通り優しい子だと思ったんだ。
「優太君て、たしかお父さんが職人さんなんだっけ?」
「うん。蒲鉾を作ってるんだ」
「かまぼこ!」
大きな声が出てしまい、優太君が目を丸くした。
「あ、ごめん。私、練り物って大好きなんだ。でも作るの大変なんでしょ? すごいなあ、かっこいいよ優太君」
「うん。ぼくが作ってるわけじゃないけどね」
そう言いながら頭をかいて下を向く。照れてるのかな? ちょっとほっぺの色も変わった。
「どこで作ってるの?」
「自分のうち。作ってるとこは見たことないけど……」
「え、そうなの? 私一回見てみたいなあ」
「じゃあ、来てみる? たぶん、頼めば見せてくれると思うよ。ぼくもそろそろ見てみたかったし」
こうして私は、学校が終わると優太君のおうちにおじゃました。
「ああ、いらっしゃい」
ドアを開けたのは、眼鏡をかけた優しそうなおじさんだった。
やっぱり親子だな。職人さんというから、頑固で恐そうな人かもと思っていたけど一安心だ。
「ねえ父さん、そういうわけで、蒲鉾を作るところを見せてほしいんだ」
「ああ、いいよ。とうとう興味を持ったか。せっかく女の子の友達も出来たしな」
そう言われて優太君は、また照れたみたいに頭をかいた。
「さあ、二人とも上がって」
「おじゃまします。あの、お手洗いお借りしてもいいですか」
「ああ、そこを右に曲がった所だよ」
トイレに入る前に何気なく中を見回したけど、私の家と変わらないくらいの広さで、作業場みたいな場所もなさそうだった。
「ありがとうございました。え、どうしたの?」
「あっ……あっ……」
開いた障子の前で、優太君が口をあんぐり開けていた。
そしてこっちを向いたその目は、教室で見せたときよりもまん丸になっていた。
「いま……頭から蒲鉾が飛び出たんだけど……ねえ……父さん?」
障子の向こうにある畳の部屋にはおじさんが座っていて、その前にはちゃぶ台がひとつ置いてあるだけだ。
まな板も包丁も見当たらない。それに、蒲鉾が飛び出たとはどういうことだろう。
「うん、どうやって美味しい蒲鉾を作ろうかと必死に考えるとね、こうやって出てくるんだよ」
そう言っておじさんは、ちゃぶ台の上に一本の蒲鉾を置いた。
「これは練り物だ。計画を"練る”とか作戦を"練る”とか言うだろ? つまり文字通り"考えが固まった”蒲鉾なんだ」
私が聞いたことのある作り方とは、だいぶ違っていた。でも、話を聞いた優太君の顔は、どこかワクワクしているように見えた。
「知らなかった……すごいよ父さん! もしかしてぼくにも出来るかな」
「そうだね、僕の血を引いているからね。試しにそこを開けてやってみなさい」
優太君は廊下に出ると引き戸を開け、じっとその先を見つめた。
その日の夜、私は夕飯をごちそうになった。
おかずは優太君のお母さんが切り揃えてくれた蒲鉾で、ちゃんと二種類あった。
おじさんが考えた白いのと、もうひとつは優太君が庭の桜を見ながら考えたの。
そう、それは照れたときのほっぺの色とも同じ、優しいピンク色をしていた。
(了)
初稿
ショートショートガーデン
2021/3/4
私の頭の中のカマボコ(2024) くろせさんきち @ajq04
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます