グレーに染まる気持ち

「…と、こと」「…え」

「もう8時よ」「えっっ」

「何度も起こしたわよ。」「やば、」

「最近忙しいみたいだけど大丈夫?寝るの遅くなった?」

「映画のセリフ確認してて気づいたら日付超えてて…」

「よほど楽しいのね。でも、よりによって受験の天王山って言われる夏にやらなくてもねぇ。」

「あはは、そうだね、」誤魔化すように笑った。私は映画撮影が楽しくてたまらないんだけどなぁ…。お母さんは映画製作のことを応援してくれている。それは伝わってくる。でも、心から応援してくれているのかわかんない。

ほんとは反対なんじゃないかなって。映画製作の話を本当はいっぱい聞いてほしいけど、どう思っているのかわからないから、何にも言っていない。花と前より仲良くなったことも、みんなでピザパーティーしたことも。前より会話が減って、お母さんとの間に見えない壁ができているみたい。そんな気がそしてしまってたまらなく寂しくて悲しい。


「寺本くんって将来何になるの?」撮影合間に、彼が熱心に勉強しているのを見て、気になって聞いてみた。

「僕は、弁護士。」

「うわぁ、想像通りかも。」

「高梨さんは医学部行くんだっけ?」

「うーん、どうだろ、そもそもいけるかどうか…。」

「でも、頑張るしかないよね」

「そ、そうだね、」

そうだ、頑張るしかない。でも…

最近、塾に行っても本当に集中できない。前までは、インスタグラムを見てもいいな、と思うだけだったのに、最近はどうしても羨ましく思ってしまう。それに、もっと最低なことに、明るく笑う花を見ても、可愛い子は悩みなんてないんだろう、と心のどこがで考えている自分がいるのだ。あんなに仲良くしてくれているのに。いつもこんな私が羨ましいと言ってくれる子なのに。いつも誰よりも明るく「おはよう」って言ってくれるのに。勉強しないと、頑張らないと、このままだと落ちちゃうのに、いろんなことを考えているせいで全く身にならない。自習室にいる他の人がのめりこむように勉強している姿がたまらなく辛くなって、泣き出したくなることが増えてきた。親にもせっかく塾に通わせてもらっているのに、私最低だ。あんなに応援してもらっているのに。毎日お弁当を作ってくれたり、毎晩駅に車で迎えに来てくれたり。模試の朝にはスイーツを用意してくれることだって。でも最近、どうしようもなく周りが羨ましくて、私も女優になりたいという思いでああふれてしまう。

「女優になりたい。夢が変わったの。」

そう言えたらどんなに楽だろうか。でもお母さんとお父さんだけには絶対言えない。だけど、頑張れてないのに、このまま二人に応援され続けるのにも耐えられる自信がない。将来ってもっと明るいものだと思っていた。信じていた。でも、今の私にとっては暗くて先の見えないトンネルみたいに思えてしまう。みんなはどうやって選択するのかな。まっすぐに夢にむかって頑張れる人はどこでその能力を手に入れたのかな。私にはできないよ。癒しだったはずのインスタグラムを見ても、何も行動できない自分が嫌になって泣きそうになるだけだ。


「…次はあかりがまっすぐな思いを告白するシーンです。このシーンは…」

寺本君がみんなに的確な指示を出してくれるお陰で、順調に撮影が進んできた。撮影し始めてから、もうすぐ3週間がたつ。もう半分以上撮影したと思う。完成まであともう少し。みんなでああでもない、こうでもないと一つのシーンで討論会が開かれたり、休憩中に成瀬君が衣装にジュースをこぼしちゃって大慌てで洗濯したり、ホントに毎日いろんなことがある。花とも映画の話で盛り上がり、成瀬君ともかなり打ち解けてきた、

なのに…成瀬君といるとつらいと思ってしまうときがある。女優になりたいという思いが強くなればなるほど、成瀬君といるのに辛さを感じることが増えてきた。

原因はわかっている。彼がサッカーに一生懸命になれているから。ただそれだけ。つまり、原因は私の嫉妬。花にも、気まずさを感じ始めていた。花は親友だからなんとか笑ったり会話したりできた。でも、成瀬君とは、上手くできなくなっているきがする。どうしたら…

「あのさ、高梨さん、どうかした?」

「え??」

「あ、勘違いだったらごめん。」

「ううん。…。」

「高梨さん?」

「ごめん、今日は先に帰るね」

成瀬君のまっすぐな視線が心に刺さってくるようで、痛くて、辛くて、気づいたら思わず走っていた。かなり走った後、頬が熱いのに気づいた。危なかった。このまま成瀬君と対峙してたら、困らせるところだった。もしかしたら、耐えきれない思いを彼のせいにしていたかもしれない。自分でも何がしたいのか、どうしたらいいのかわかんない。彼を避けるのはおかしいのに。

このままだともっと自分を嫌いになりそうで、辛い。夜、ベットの中で声を殺して泣いた。いっぱい、いっぱい泣いた。泣く以外に何もできなかった。考えると辛いから、考えないようにもっと泣いた。布団が涙でぐちょぐちょになっても涙は枯れてくれなかった。疲れて寝落ちして気づいたら朝で、また「おはよう」の練習をする。でも、いつもみたいに上手く笑えない。泣きすぎて、目も腫れている。私って何なんだろう。もうわかんない。また涙がこぼれてきた。


―ごめん、今日風邪で休みます。

はぁ。とうとうずる休みしちゃった。今までずる休みなんてしたことなかったのにな。でも、花と成瀬君に会わなくて済むことにホットした。やっぱり私最低だな。でも、今は今だけは会いたくない。花、成瀬君、ごめん。

お母さん、お父さんもごめんなさい。今日だけは、嘘をつく私を許して。頑張れない私を許してください。

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