第29話 約束

 その日、ルキウスが帰ったのは真夜中すぎだった。

 大分酒が入っている。それでもしっかりとした足取りで戻ってきたのだが、宮殿の私室から明かりが漏れているのを見て、自分は酔っているのかと驚いた。

 目をこすって改めて見てみるが、やはり変化はない。ゆっくりと歩いていた足が、急に速くなる。


 このような時刻までオクタヴィアが起きているなど、何か異変が起きたのではないか。


 階段を駆け上がり、扉を開いた先に、オクタヴィアの後ろ姿があった。

 寝間着のまま座っていた彼女は、気配に気付いたのかゆっくりとこちらを振り返る。


「おかえりなさい」


 いつもと変わらぬ、優しい笑顔があった。

 安堵に胸を撫で下ろしながら、申し訳なさが込み上げてくる。


「待っててくれたの?」

「ん――少し、寝付けなくて」


 笑顔に、苦みが混じる。

 やはり、何かあったのだろうか。再び心配が浮かぶより、駆け寄ってきたオクタヴィアに抱きつかれる方が早かった。


「――オクタヴィア?」

「大好きよ、ルキウス。ずっと傍にいて。絶対に、離さないでね」


 戸惑うルキウスへの答えは、震えた声だった。

 それはいつも、ルキウスがオクタヴィアにくり返す言葉。

 急にどうしたのか。疑問よりも、嬉しさを覚える。


 ルキウスが口にする度、曖昧に笑うしかなかった彼女が、自らそう望んでくれたのだ。


 ガイウスへの想いを自覚したけれど、オクタヴィアを大切に思う気持ちに変化はない。

 否、義務感もあるのか、より増した気さえしていた。


「当然だ。約束する」


 優しく抱きしめ返しながら、オクタヴィアの額に口付ける。


「――約束?」

「そう、約束」


 見つめ合い、どこか不安げなオクタヴィアを安心させたくて、笑みを刻んで見せる。


 ありがとう。

 小さく囁く声と同時、オクタヴィアがまた、身を寄せてくる。


「――ずっと、傍にいさせてね」

「勿論だよ。ずっと君の横にいて、守ってあげる」


 今までいつも控えめで、我儘ひとつ言わなかったオクタヴィアが甘えてくれている。――頼ってくれる。


 私は、なんと幸せなのだろう。


 思わずにはいられなかった。

 ガイウスとオクタヴィア、それぞれに複雑な感情を抱いているとはいえ、大切な人達に恵まれている。


 オクタヴィアの体温を感じながら、ルキウスはうっとりと目を閉じた。

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