第11話

 昔のことを思い出しながら、手を首元へと伸ばす。

「あ……」

 手に触れると思っていた青い石の感触がない。

 どこへやったのだろう……。

 失う前の最後の記憶……。殿下の誕生日と立太子の式典にはつけて行っていた。

 大切にすると殿下と約束した。それを、この3年の間にどうしてしまったの?

 何故か貴族社会から出て庶民として生きている私。

 生活費の足しにともしかして売ってしまった?

 ……ううん。まさかそんな軽率なことを私がするわけがない。

 逃亡生活なら足がつくような真似するはずがないし、そでなくても殿下からの贈り物を売るなど、不敬と取られても仕方がないようなことするはずがない。

 じゃあ、どうしたんだろう。

 家を出るときに置いていった?伯爵家が何かやらかしてお家取り潰しになったのであれば没収か差し押さえか。

 持ち出していたとしたら……。

 売ってしまったはずはない。首につけていないのは庶民として不釣り合いな物で人目を引かないため。

 それから奪われないため……かな。私なら、隠し持つ。もしくは見つからない場所に隠す。

 隠しポケットを服につけるとか縫い付けておくとか……?

 あちこち服を確認してみたけれど、異物があるような感じはない。

 ……部屋、帰ったら探してみよう。私だったらあの、ベッドと机とクローゼットしかない部屋のどこに隠すだろうか?

 と、考え事をしていたら、私の前にしゃがんでいたルゥイがお尻をちょこっと上げた。

「あーー!すいません、馬車を、馬車をとめてくださいっ!」

 このポーズはウンチだっ!

 馬車から降りて、街道沿いの雑木林の中に駆け込む。

「はー、なんとか間に合った……」

 馬車に戻り、皆に頭を下げる。

「スイマセン、お時間を取らせてしまって」

「いいさいいさ。ちょうどそろそろ休憩が必要だったんだ」

「そうそう、少し早いけどここで馬を休ませるって」

「かわいいねぇ。お貴族様みたいに綺麗な顔してるじゃないか」

 ぎくり。

「こりゃ将来女泣かせになりそうだ!」

「女は泣かせてもかあちゃんは泣かせるなよ~坊主っ!」

 馬車に乗っていた他の乗客はみな良い人で誰も怒っていなくてホッとする。

「しかし、よく気が付いたなぁ。あのまま馬車でされたら大惨事だった」

「流石母親だねぇ」

 そう言われれば……。

 記憶がないのに、ルゥイがお尻を上げただけで、ウンチだって、よく気が付いたなぁ。

 私、母親なんだ。

 記憶が無くなっても、完全に忘れているわけじゃないんだ。

 ルゥイを見ると、愛しさで胸がいっぱいになるのも。

 ルゥイのちょっとした動きで何を考えているのか分かるのも。

 頭では忘れてしまっても、心は覚えてるのかな。

 血がつながってなかったとしても。

 私はルゥイのママなんだ。それだけは間違いない。

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