第5話

 ルゥイの頭を撫でる。

 かわいい、かわいい、私の息子。

 伯爵令嬢だった私が、その生活を捨てて庶民として生きている事情があるとしたら……。その事情はルゥイのためなんだろう。

 ルゥイのためならなんだってできる。

 ルゥイと過ごした日々の記憶も失ってしまったけど、あふれ出る愛情が確かに私の子だと思わせる。

 血がつながりなんて関係ない。私の子だ。

 絶対に守らなくちゃ。

 ……問題は、何から守ればいいのかが分からないこと。

 食事が終われば店番だ。ルゥイは店の奥の部屋にいる。ドアを開けばすぐに様子が見られるし声も届く。そして、マーサさんも様子を見てくれる。

「さて、祭り目当ての観光客の数も落ち着いてきたから、そろそろ王都に仕入れに向かうとするかね」

 マーサさんが朝食の片づけをしながら声を上げ、私を見た。

「リナはどうする?去年はルゥイが小さかったから王都まで往復するのは難しいからと行かなかったけれど、今年はどうする?」

「え?……王都に?仕入れ?」

「覚えてないかい?まぁ、それどころじゃなかったか。人が動くということは物も動くからねぇ。今王都にはたくさんの品が集まっている。仕入れにもってこいの時期なんだよ。10日店は休んで仕入れに行くのさ」

「王都に仕入れに?」

「ははは、とはいえ半分観光だよ。うちは荷馬車も持ってないからね。乗合馬車を使って王都へ行くから仕入れと言っても鞄一つ二つで持ち帰れる分しか運べないからね」

 王都から逃げてきたのだとすると、近づくのは危険だ。

 でも、何もかも分からないままでいるのも危ない。せめて、両親がどうしているのか。没落してしまったのか。

 少しはヒントが欲しい。


「オマ、オマ」

 ルゥイが馬車を引く馬を見て大興奮だ。

「だめよ、近づいちゃ危ないからね?」

 慌ててルゥイを抱き上げる。

 ルゥイには髪を隠せるフード付きの服を用意して、坊主頭にした。

 髪の手入れができない庶民ではよくある髪型だ。天使みたいなかわいい顔立ちは隠せないけれど、これで目立つ金髪は隠せる。

 いざ、王都に出発。

 乗合馬車に3日半乗れば王都。王都に滞在するのは3日。その間に見つからないように情報を集める。



 あれは……15歳。

 初めてリンクル王子とお会いした時の記憶だ。

「はじめまして殿下。今日から語学を教えることになりましたヘンゼール伯爵家のシャリナと申します」

 金髪に青い目をした美少年が私を横目でちらりとみてからツンと顔を逸らした。

 そして、案内役の者が部屋から去ったとたんに私をにらみつけた。

「子供じゃないか!どんなに教師を変えても無駄だぞ。俺は勉強しない!外国語なんて勉強したって無駄だ!」

 子供……。確かに成人が17歳のこの国では15歳の私は子供だ。

「殿下、私は生まれたときはバーサイ国にいました。あちらでは13歳が成人ですし、殿下と同じ10歳のころはマルハイル国にいました。そこでは15歳が成人です。どちらの国にいても立派な子供の年齢である殿下とはちがい、私は国が違えば立派に成人です」

 詭弁だなと思いつつもまくし立てると殿下がむっとする。

「はっ!だからどうだって言うんだ。成人してるとかしてないとかどうでもいい!」

「そうですか。どうでもいいということは、私の年齢が外国語の教師として不適当だと思われているわけではなくてホッといたしました。では授業をはじめましょうか」

 殿下が私の顔を見た。

「仕事がしたいなら、俺の専属通訳にしてやってもいい、だが勉強はしない」

「は?まさか、語学の勉強は通訳がいれば大丈夫だと思って勉強しないのですか?」

 驚いて息をのむ。


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