第2話

 「えーっと、私、どうしたんでしたっけ?」

 優しそうな女性に尋ねると、ベッドに椅子を引き寄せて女性が座る。

「覚えてないのかい?」

 はい。

「一昨日熱を出して倒れたんだよ。まぁ、この街も王太子殿下の立太子3周年のお祭りで忙しかったからねぇ」

 はい?

「立太子3周年のお祭り?」

 何を言っているんだろう。

「昨日、リンクル殿下が成人して立太子して……」

「そう。昨日だよ。立太子3周年の式典。楽しみにしてたのに残念だったね。熱で倒れて寝こんじゃうなんてさ」

 は?

「3周年?」

「そうだよ。どうしたんだい?まだ熱の影響かねぇ?今年は殿下も20歳になられるし、王都から離れた国境に接するこの街でも派手にお祝いしたんじゃないか。隣国からもたくさん祭りを楽しもうと観光客が訪れててんやわんやで、リナがいてくれて本当に助かったよ」

 待って、待って、待って。

 情報が多すぎる。

 でも情報が足りなくて全然分からない。

 まず、昨日だと思ってるのは、3年前の出来事ってこと?

 それって、つまり、私、3年間の記憶が抜けてるの?

 17歳だった殿下は20歳になっていて、それが本当なら、私は22歳から25歳になっているってこと?

 それから、ここは立太子の式典が行われた王城でもなければ王都にある伯爵家の屋敷でもなく……。王都ですらない、国境沿いの街?って、どこの街?

 それから、私はリナって呼ばれたよ、リナ……。シャリナじゃなくてリナ。

 これは愛称なの?それとも、私が偽名を使っているの?どっち?

 抜け落ちた3年の記憶が分からない限り、これはいらないことを言わない方がいいよね。

 正体を隠して偽名を使っているのだとしたら、正体がばれるようなことをしては駄目だ。

 ……それから、最大の疑問。

 このぷくぷくとかわいい赤ちゃんは、一体……?

 綺麗な金髪に、青い瞳。

「マー、マー」

 ニコニコと笑って私にぎゅっとしがみついてくる、この、天使はいったい?

 ぎゅっとしてもいいかな?

 合法?

 ねぇ、合法赤ちゃん?

 ぎゅっとしてもいい赤ちゃん?

 いや、1歳半くらいだとすると赤ちゃんではなくて幼児って言った方がいいのかな?

 どっちでもいい!

 抱っこしていいなら抱っこしちゃうっ!

 むぎゅぎゅーっ!

「丸一日寝ていたんだ。お腹が空いているだろう。今何か持ってくるよ。それから、熱が下がったとはいえまだ休んでていいから。仕事のことは気にしなくていいよ。私たちだけでもなんとかなるから」

 仕事?

 えーっと、私、何の仕事してるんだろう?

 私たちだけでもってことは、この女性と一緒に働いているってことだよね?

 ああ、どうしよう。分からないことだらけだ。

 でも、何か事情があって偽名を使っているなら、いろいろ不用意に尋ねて疑問に思われるわけにもいかない?

 どうしよう!

 誰か、情報プリーズ!


  記憶喪失から2日目。

 この2日間、怪しまれない程度に頑張って熱のせいにしつつ収集した情報を整理する。

 ここは王都から東にある隣国バーサイとマルハイルと3国が国境を接する場所にある街。

 観光で隣国から訪れる人も多く、私はこの街の雑貨屋で住み込みで通訳兼経理兼店番の仕事をしている。

 1年前に赤ちゃん……ルゥイ君を抱えて働かせてほしいと来たらしい。

 で、名前はリナで、隣国バーサイで一旗揚げようと夫と移住したけれど夫が亡くなったため故郷に戻ってきた。頼るべき両親はいない……という設定らしい。

 いや、この話を聞いたときは、もしかしたら私はリナに転生してるんじゃないかと思って鏡を探して見たよ。

 でもどう見てもシャリナの顔。

 茶色の髪に茶色の瞳。少しそばかすが浮いた私の顔だった。

 ってことはよ、夫って何?って話よね。両親はいないって何だろうね?

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