三年分の記憶を失ったけど、この子誰の子?~皇太子の語学教師~

とまと

第1話

 目が覚めた。

 記憶がごちゃごちゃだ。

 私は裕福な国の貧乏な伯爵令嬢シャリナ。

 外交を担う父に連れられ隣国で幼きころから過ごしていたため4か国語が堪能。

 そのうえ、知識欲が豊富で読書好きで博識。各国の情勢にも詳しかったため、15歳にして第一王子の語学教師としてお仕えすることに。

 それから7年。10歳だった王子も17歳と成人を迎え、昨日晴れて立太子されたんだよね。

 昨日は、立太子の式典に私も出席して……。

 普段は着ないような黄色い素敵なドレスを着て、えーっと……それから……。

「うわー、22歳の行き遅れがあんな若い子が着るような色のドレスを着るなんて、みっともなぁい」

「くすくす。やだ、本当。恥ずかしい。王子の教育係だかなんだか知らないけど、貧乏伯爵令嬢ごときがこの場にいるのも生意気だというのに」

 なんて陰口を叩かれて。

 ……ですよねぇ。やっぱり22歳で黄色いふわふわドレスはないですよねー。でも、これ、そのリンクル王子からの贈り物なので、着ないわけにはいかなくてですね……。

 さらに、絶対に出席するようにと命じられてしまってですね……。

 と、心の中で陰口に反論している間に、リンクル殿下が登場した。

 金の髪がキラキラと光に輝き、青い澄んだ目。会場に集まっている女性たちのため息が漏れる。

 ああ、あの小さかったリンクル殿下が立派になって。

 保護者のような気持ちで涙が出そうになる。

 正装に身を包み、恭しく立太子の証となる勲章を授けられる姿。そして立太子としての決意を述べる姿。

 なんと、立派になられて。

 と、そこまでの記憶しかない。


 ベッドの上で上半身を起こして首をかしげる。

 昨日はあれからどうしたんだろう?

 リンクル殿下が成人したことで、私の教師としての役目も終わった。

 殿下にお祝いの挨拶とともにお別れを伝えて城を出て家に戻った……にしては。

「ここ、どこ?」

 確かに、私の家は伯爵家とはいえ貧しい。

 しかし貧しいと言っても伯爵家だ。

 贅沢はできないけれど、代々受け継がれたと言えば聞こえはいいけど新しいものを買うことができずに時代遅れではあるものの、立派な家具や調度品が部屋には置かれていた。

 ……今、私の目に映るのは、ベッドを2つ並べておけば歩く場所もないほど狭い部屋に、硬いベッド1つとガタガタ音を立てそうな椅子と机。それから飾り気のないクローゼットだけだ。

 使用人部屋よりも粗末じゃない?

 伯爵家の使用人部屋には身なりを整えるための鏡台はあったはずだし、布団ももう少し分厚かったはず。

「いったい、ここはどこなの?私はどうしちゃったの?」

 と思っていたら、ドアがギィギィと音をたてながら開いた。

「まぁ!目が覚めたのね!よかったわ!」

 と、部屋に入ってきたのは1歳半くらいの赤ちゃんを抱っこしたふくよかな中年女性だった。

 誰?

「マー」

 赤ちゃんが両手を私に伸ばす。

 ぷくぷくしてなんてかわいい赤ちゃんっ!

「うんうん、よかったわねぇ。ママが目を覚まして」

 はいぃ?

 女性が、赤ちゃんを私に差し出した。

「マー」

 はいぃ?

 22歳、行き遅れ令嬢の私が、ママ?


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