第2話 ことの始まり(1)

1994年春、24歳。

なんの予備知識も持たず、ただ死体を見てみたいというちょっと厄介な好奇心につき動かされ、行き当たりばったりで、電話帳で調べた市内の葬儀社2社に、求人はないかと電話を掛け、どちらもすぐに面接に来てほしいとの返答で、日程を決め面接にのぞんだ。

結果はどちらも即決で合格。

葬儀社はどこも慢性的な人手不足で、殊に年齢が若ければすぐにでも来て働いて欲しいのが本音だった。

一件は大手互助会、もう一件は町の小さな葬儀社。少し迷ったが、小さな葬儀社に決めた。まだ二十代前半で若かった僕は、大きな会社に入るより、小さな町の葬儀社に入るほうが、死体を見るチャンスが多いような気がしていた。今にして思えば会社が大きい方が、扱う件数が多いはずなので、死体を目にする機会も増えるはずなのだが、そこにまで考えが至らなかった。小規模な葬儀社の方がなんとなく、死体との距離感が近いような気がしていた。

働く葬儀社も決まり、あとは入社の日を待つだけのある日に、一応、親戚にも知らせておこうと、仲の良かったいとこのお姉ちゃんに電話を掛けた。

その頃はまだ、世間的には、葬儀社で働く人間に対しての偏見が根強く残っていて、死体を扱う卑しい人間といった差別的な風潮は色濃く存在していた。しかしながらその認識は僕自身には薄かった。

だから、「気持ち悪いから、二度とウチには来ないで」

という、絶叫に近い拒絶反応は、ちょっと予想外のことだった。一瞬の絶句の後、怒りで、僕の口をついて出たのは、「◯◯姉ちゃんの家の前に霊柩車横付けしてやるからな」だった。

今思い出しても、なんともバカバカしい子供の悪口のレベルの物言いでしかなくて恥ずかしいのだが、なんとなく差別を受けたような気がしていたのが率直なところだった。

しかし、近しい人間の反応は多かれ少なかれ似たようなものだった。本当にその仕事でいいの? とまず聞いてくるのが定番なのだが、葬儀社に強制労働をさせられにいくわけでもなく、自分自身で好んでそこに働きにいくので、悲壮感はない。はたから見ると、気でもふれたのか、と疑いたくなるような職業イメージが先行していると思われ、職業差別の意識はなかなか根深いなと感じた。

死体は怖い、気持ち悪いという先入観と、心霊などと結びついてさらに不気味で、恐怖の対象でしかないのが、葬儀社に対して一般の人が抱くイメージではなかろうか。確かに、中には怖くて気持ち悪い遺体もあるが、慣れてしまえば、さほどでもない。

僕が入社した公◯社は、僕を含め、社長以下7名の小さな葬儀社だった。社名の最初に「公」の字が入るのは、葬儀社最大手の公益社から勝手に拝借しているのだと、社長が話していた。そのネームバリューの威光にあやかろうという意図とあわよくば、お客さんが、関連会社かと勘違いして仕事の依頼が増えないものかという打算もあるとのことだった。そういえば市内には、やたらと「公」の文字を冠した葬儀社が多かった。

入社初日、簡単に自己紹介を終えると、年嵩の男性社員が僕のそばに寄ってきて、「君もその若さでこんなとこに来るっちゅうことは、なにかやむにやまれん事情があるんか?」と耳元で囁いた。

僕は、意味がよく分からず、まさか死体が見たいとも言えず、「いえ、そんなことはないんですけど」と、少し口ごもって答えてしまい、その様子に何かを察したように、「いや、答え難かったらええねん。人それぞれ事情はあるもんやから」と、僕の肩をバンバンと叩いて、羆のような背中を見せて、ガハハと笑った。名前を聞くと倉庫番の中島と教えてくれた。












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