第3話 葬儀社でよくある怖い話(1)

その当時、僕の勤める葬儀社では、夜間の当直勤務ではなく、ポケベルを持たされて自宅待機をする決まりになっていた。

ある夏の深夜。市民病院から、死亡退院の連絡があり、その日当番だった先輩の武村さんが呼び出しを受けた。

依頼の電話は看護師からで、故人は今地下の霊安室に安置されているが、両親が遠方で、到着が明日になるので、ご遺体の引き取りは明日お願いしたい、とりあえずドライアイスの処置だけでもしていただけないだろうか、ということだった。

市民病院の霊安室は地下にあって、地下駐車場から建物につながる重い鉄製の扉を開けると、すぐ右手に、霊安室の扉があった。中に入ると右側に、ベンチを二脚ほど置いたこじんまりとしたロビーがあり、まっすぐ進むと、霊安室が左に二部屋、右に一部屋あり、正面にある鉄扉は、病理解剖が行われる剖検室へと続く、準備室の入口だった。

依頼のあった故人が安置されているのは、入ってすぐ左手の第一霊安室ということだった。

武村さんはロビーにある内線電話から、故人が入院していた病棟階のナースステーションに連絡し、到着したことを伝えた。ナースステーションの看護師からは、ドライアイスの処置が済んだら、帰りにまた連絡がほしいと伝えられた。

承知しました。と武村さんは答えると、第一霊安室の扉に目を向けた。無論、ロビーも他の霊安室も無人だった。しんと静まり返った深夜の霊安室は気持ちの良いものではなかった。武村さんはさっさと済ませて帰ろうと、第一霊安室の扉を開けた。

中は、ベッドが1台あるきりの小部屋で、ベッドの横に丸椅子が二脚置いてあった。

ベッドの掛け布団は人の形に膨らんでおり、顔には顔掛けの白い布が広げられていた。ベッドの頭の位置にあるフレームには、名札が提げられており、このベッドで眠る故人の名前が記されていた。武村さんは持っていたメモに書かれた故人の名前と、ベッドに提げられた名札の名前が一致することを確認し、顔欠掛けを外した。

目は閉じられているが、きれいな顔立ちの若い女性だった。看護師の話では大学生だということだった。

武村さんは持参したクーラーボックスから、レンガ大のドライアイスを取り出し、まず顔の両脇に一個ずつ、次に、胸と腹に一個ずつの計四個のドライアイスの処置をし、掛け布団を胸元まで掛け直して、顔に目をやると、さっきまで閉じられていたはずのその両目が、今はカッと見開かれていた。

武村さんは驚きで声も出なかった。だが、ひょっとしたら何かの拍子に生き返ったのかもしれないと、咄嗟に故人の耳元で、聞こえるか! と何度も呼びかけた。

しかし、亡くなっているはずの女性からはなんの反応もなく、首に指先を当て脈動を感じられるかもと、確かめてみたがなんの兆候もなかった。やはり亡くなっていることは間違いない。あらためてそう考えると、一気に背筋が冷めた。

震える指先で、それでもと女性の目を閉じて顔掛けを掛けた。走り出したい衝動を抑え、扉を開けると、ゆっくりと閉め、ロビーの内線電話から先ほどのナースステーションへと連絡を取った。

すぐに看護師の応答があり、ドライアイスの処置が終了したことだけを報告し、急ぎ足で霊安室を後にした。


翌日、武村さんは青ざめた顔でことの顛末を話してくれた。

僕も心底ゾッとしたことを覚えている。後日、ものの本で調べたところ死後硬直の現象の一つとして、瞼が開くということはあるらしいということは突き止めたが、それはやはり徐々に開いていくということであるらしく、目を離した少しの間にカッと瞼を見開くという事例は確認できなかった。

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