死神と踊る日々

外崎 柊

第1話 死神の匂い

人の死にまつわるものとして、匂いは意外に大きな意味合いを持つ。

いわゆる死臭というもので、死後数時間で遺体全体から立ち昇ってくるなんとも不快な匂いは、おそらく生きている人間にとって、生理的にもっとも忌避的嫌悪感をもよおすものではないだろうか。

死後の処置として鼻や口に綿花を詰められていたとしても、死臭は、腐り始めた内臓や血液の腐敗臭として漏れ出てくるのである。

それに加えて排便の匂いがある。人は亡くなると大便を漏らしていることが多く、病院や施設で亡くなった場合でも、死後処置に手が回っていないところでは、大便の処理も肛門に綿花を詰めておくこともしない。さらに人手不足のところは、死後の処置の一切を放棄して、「あとは葬儀屋さんにお願いしてください」と遺族に言い放つところまである。

そうなると、もう大変である。経済的に余裕のある遺族には湯かんを勧めるのだが、予算的に厳しい葬家にはそうもいかず、僕らの手で鼻と口ぐらいには綿花を詰め込むが大便と肛門の処置まではしないことがほとんどだ。たいていは、湯かんの料金よりは安価な遺体用の消臭剤程度でごまかしてしまう。

ある超有名な大手葬儀社は、通常は一度きりの湯かんの儀式を出棺前日まで毎日させると聞いた。曰く、「ご遺族の皆様も毎日お風呂に入るでしょ? 故人様も同様です。」

多少なりとも葬儀業界で働いたことのある人間ならば、暴論に聞こえるこのロジックも葬儀に関して知識の浅い遺族にはもっともらしく聞こえてしまうらしく、思わず首肯してしまう喪主も多いと聞く。

知らぬが仏とはこのことで、葬儀費用の高額化に直結する。すべてが後の祭り、葬儀後の遺骨を祀る祭壇一式のことを地域によっては、アトマツリと呼ぶが、関連性はさだかではない。

話を匂いに戻す。

死臭がひどくなると、腐敗臭へとかわる。夏場の孤独死で、死後数日経過していたとしたら、もう確実にこの腐敗臭にやられることになる。

普段、生活していてまず嗅ぐことのない強烈な匂いで、嗅いだ瞬間、ぶん殴られたような衝撃があり、クサイと感じる前に、胃がのたうって瞬時に吐き気が込み上げてくる。

昔の刑事ドラマで、新人刑事が血まみれの死体を見て吐き気をもよおす場面が、お約束のようにあったりするが、経験上まずそんなことにはならず、たとえ血まみれでも、潰れてても、バラバラでも、見た目の凄惨さで吐き気をもよおすことはない。あくまでも個人的な経験。

吐き気をこらえるような現場というのは、血と肉と排便の全てが腐って、混ざり合った匂いの極北のような腐敗臭が充満している場所で、実際、同僚の一人は、腐敗臭の漏れ出るマンションの手前の溝で盛大に嘔吐していた。

僕が想像する死神の匂いも、きっとこの腐敗臭に近いんじゃないかと思う。それも、あたりに撒き散らすような匂い方じゃなくて、すれ違ったとき微かに残り香として腐敗臭を漂わせているような、そんな気がするのだ。














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