私の願い事

私はほんの数分前、フクロウに会いたい人がいると相談した。ちゃんと話せば長くなりそうだから、だいぶ削ったけど。高校生の時、母親が家を出たきり帰ってこなくなった。

「あんたのせいだ。」

そう言って家を出ていった。父親はいた。でも、母親が出ていっても、私が何をしても何も言わない。食事も家を出る時間もバラバラで全く話さなかったけれど。

原因は私だ。小さい頃から周りにうまく溶け込めなくて、病院で障害があると診断を受けた。私がもっと勉強が出来ていたら、もっと上手く友達と付き合えていたら、お母さんも、溜め込まずにいれたかもしれない。お父さんも、私に興味を持ってくれたかもしれない。もっと、もっと、あるはずの笑顔を私は消した。私のせいだ。

迷惑をかけ続けるのが苦しくて、卒業して就職した。上手くいかないことだらけで、遅刻、もの忘れ、コミュニケーションが上手く取れない、などで様々な会社を転々とした。行く先々で、「ハズレだ。」とか「やる気だけはあるんだけどねぇ。」とか言われた。遠回しだったけど、はっきりいらない存在だと言われていると、分かった。あの食堂が居心地が良かったのは、他人に迷惑がかからないで一人になれたからだったと思う。

そんな私でも、行っちゃいけないゾーンまで行かなかったのには、ある理由があった。

母親が出ていってから少し経ったある日、ゲリラ豪雨の日に五、六歳くらいの男の子に出会った。

「どこかに行きたいの?」

そう聞くと、こくんと頷いた。

「どこに行きたいの?パパ、ママのところ?お店?」

思いつく限りの場所を順番に尋ねると、駅で頷いた。傘に入れて送った。

別れ際、男の子が突然、言った。

「おねえさんは、どうして悲しいの?」

ハッとした。こんなにも小さい子に心配をかけさせてはいけない。笑顔で、

「お姉さんは悲しくなんかないよ。大丈夫。」

と言ったつもりだったが、目頭がじんわりと熱くなって涙が溢れ出てきた。雨だと思うことにした。男の子はお礼、と金の硬貨を渡しながら、微笑んでこういって走り去っていった。

「おねえさんがいないと僕もっと困ってたよ。大丈夫っていいたくなかったら、逃げちゃえ。」

私は叩きつけるような雨も気にせず、ただ呆然とその場に立ち尽くした。

逃げちゃえ。その一言でどれだけ救われたか、計り知れない。もうこの世界で生きていく場所はないと薄々気付いていたから、逃げるという選択肢が見えなかった。人に必要とされたのが久しぶりで幸せなような泣きたいような気持ちだった。壊れている傘も気にならないくらい、嬉しかった。

私は勇気を持って逃げた。一人暮らしをして、何も出来ない日も自分を責めないようにした。逃げてもいいんだ、と初めて世界が色付いて見えた。

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